2010年9月23日木曜日

071 津田出


【幕末から学ぶ現在(いま)】(71)東大教授・山内昌之 津田出 (1/3ページ)

2010.7.22 08:07
近代陸軍の基礎をつくった津田出。写真は和歌山城(和歌山県提供)近代陸軍の基礎をつくった津田出。写真は和歌山城(和歌山県提供)

権力から離れる勇気

 自民党から分かれた新党の党首たちは錚々(そうそう)たる顔ぶれである。「たちあがれ日本」「新党改革」「みんなの党」の代表たちは、いずれも自民党の総裁になってもおかしくない人材であった。しかし、「みんなの党」を除いて参院選の結果は芳しくなく、小泉純一郎元内閣の郵政解散で自民党から離れた「国民新党」の亀井静香氏の存在感もやや弱くなった。
 新党をつくっても政治は一人でやるものではない。幕末維新でも藩のリーダーが1人だけ優れていても、それを輔翼(ほよく)する人材がいないと天下をとることはできなかった。そうした一例は、紀州藩と津田出との関係に見いだすことができる。
 ◆新政府のモデル構築
 蘭学を修めた津田出は、幕末と明治初期に2度ほど藩政改革にあたり、家禄の大削減や無役藩士の農工商への従事を許した。津田の業績は、明治2(1869)年に和歌山藩大参事として、他藩が驚く「交代兵取立之制」なる志願兵に似た制度を採用した点から始まる。
 また、その直後に、プロイセン王国から下士官カール・ケッペンを招聘(しょうへい)し、ドイツ式軍制改革を遂行した大胆さにも驚く。さらに翌年には、交代兵要領を廃して、「兵制改革兵賦」の編成を目指し「兵賦略則」を布告したが、これは四民平等の国民皆兵による徴兵制にほかならない。
 この藩政改革こそ近代国家をめざす明治新政府のモデルとなり、明治4(1871)年に実施された廃藩置県の先例となり、明治6(1873)年の新政府の徴兵令の先駆ともいうべきものだった。
 津田は、藩独自の徴兵検査を実行し、矢継ぎ早に徴兵制や郡県制度を整備したことになる。
 ◆出身藩の人材難で孤立
 参議の西郷隆盛に評価された津田は、廃藩置県後に中央政府の大蔵少輔に抜擢(ばってき)された。しかし、これほどの才幹だったにもかかわらず、津田の不幸は藩徴兵軍の都督職を譲った陸奥宗光(むつむねみつ)以外にこれといった偉才を欠いた紀州藩の人材難にあった。
 新政府が津田を中央に呼んだのも、彼ほどの麒麟(きりん)が地方にくすぶることを惜しむと同時に、奔馬(ほんば)になって威令(威光と命令)が行われないことを恐れたからだ。しかも、陸奥が西南戦争や土佐立志社の陰謀事件に連座して失脚したせいもあり、津田は頼るべき同輩や朋友をもたずに薩長政権の内部で孤立してしまった。
 大蔵省や会計監督局といった財政官庁から天才ぶりを発揮できる陸軍に移り、少将となった。しかし、陸軍省第一局長や第五局長などのデスクワークを務めただけで、鎮台や師団の司令官に任じられることはなかった。明治軍事史で本格的な兵制改革や徴兵制度を実現し近代陸軍の基礎をつくった人物にしては、失意のキャリアを重ねたのである。
 ◆偉才に似合わぬ閑職
 元老院議官などは、偉才津田には似合わぬ閑職にすぎなかった。鎮台兵や近衛兵の近代的な装備や編制を整えるために紀州藩兵を提供し、西郷隆盛山県有朋に匹敵する業績を挙げたのに、才能を開花させる重要官職に恵まれなかったのは不幸であった。
 予備役に入る前から、千葉や茨城にまたがる地帯でアメリカ式大農法を試み、国内で最初の乳牛ホルスタイン種を導入したのも、政界や官界では志を得られないことを知ったからだ。偉材を腐らせる罪というものもある。藩閥外の有能な人間を国政に引き立てた西郷はやはり偉いのだ。
 さて、参院選で新党のリーダーの面々は、政治を動かす十分な数を得られなかったいま、同じ紀州藩でも陸奥宗光の道と、津田出の道のいずれを選ぶのであろうか。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、藩閥政権の内懐に入って権力への道を歩むのか、政治経綸(けいりん)への自信と自己への矜持(きょうじ)にかけて孤高の道に留まるのか。むずかしい選択を迫られている。(やまうち まさゆき)

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【プロフィル】津田出
 つだ・いずる 天保3(1832)年、紀州(和歌山県)生まれ。江戸で蘭学を学ぶ。藩の御用掛取次・国政改革制度取調総裁に任命され、藩政改革に着手するが、保守派の抵抗にあい蟄居(ちっきょ)を命じられる。維新後再登用され、和歌山藩大参事となる。俸禄を削減し、徴兵制を施行。プロシア式軍事教練を導入し、近代的な軍隊を整備した。新政府に採用され、陸軍少将元老院議官などを歴任し、貴族院議員に勅選。晩年は千葉県などで開墾事業に従事した。明治38(1905)年、74歳で死去。

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