2011年8月22日月曜日

なぜ高校生は日本の国境書けないのか


【安藤慶太が斬る】
 7月31日の産経新聞で青年経済人や若手経営者が加盟する「日本青年会議所(日本JC)」が全国の高校生約400人に日本の国境を描かせる調査を行ったところ、正解できた生徒は全体の2%にも満たなかったという話をニュースを報じている。
  •  ご記憶の方もおられるかもしれない。調査は7月上旬から行われ、高校生に千島、樺太と北方四島、日本海、東シナ海(南方)の3つの地図を示して日本の国境を実際に書かせるというものだ。
 その結果、南方の国境の正答率は26・3%の105人。北方の国境は正解者59人(14・8%)で、日本海の国境を正解したのは37人(9・3%)。全問正解者はわずか7人(1・8%)だった。自信満々に答えた生徒は少なく、択捉島や与那国島がわからない生徒や竹島と鬱陵島を取り違える生徒や対馬すら識別できない生徒が続出。「習っていません」と答えた生徒も目立った-というものだ。
■すぐに横やりが入る領土教育
 報道後、「これは超難問ですよ」という反応を聞いた。「結果自体はそう意外な気がしない。そんなもんでしょ」という声も聞いた。なかには「国会議員にやってくれ」「『習ってません』と答えた生徒の声を報じるのは産経新聞らしい恣意(しい)的な報道だ」というものもあったらしい。
 どうだろう。本来、まともな国民教育が行われている国家ならば、この手の領土教育は程度の差はあれ、学校でも行われ、国民の常識として定着しているだろうと考える。学校が教える必要がないくらいに親が教えているという場合だってあるのかもしれないが。
 ところで日本の場合はどうだろう。ちなみに私は小学校から高校を卒業するまで一度として教師から国境を確かめるような授業を受けた記憶がない。竹島に関する指導を学習指導要領に入れようとするだけで、韓国が反発して日本にさまざま働きかけてくる。日韓議員連盟の国会議員らが彼らの意を忖度(そんたく)してか、あれこれ動いていつのまにか学習指導要領に入れるはずの話が、解説書に盛り込むかどうか、といった話になっていたりする。それがごく最近まで何度も何度も繰り返されてきたのである。
■領土に関する教科書記述
 教科書だってそうである。領土問題について日本の立場をきちんと明記した教科書はどれだけあるのだろう。
 例えば教育出版の記述を見ると、《日本海に位置する竹島(島根県)については、日本と韓国の間にその領有をめぐって主張に相違があり、未解決の問題になっています。また、東シナ海に位置する尖閣諸島(沖縄県)については、中国もその領有を主張しています》とある。
 うーん。日本の領土と書いていないわけじゃないが「日本と韓国の間にその領有をめぐって主張に相違があり、未解決の問題になっています」というひとごとのような書きぶりで済ますのでいいのか、と感じる。いわゆる両論併記を装ってはいるが、わが国の立場である「わが国固有の領土であり、不法占拠されている」とは書かないのである。
 帝国書院はどうか。《歯舞諸島・色丹島・国後島・択捉島は、明治時代から、日本の領土として国際的に認められてきました。しかし、第二次世界大戦後にソ連が占領してから60年以上、これらの島々ではソ連、そしてロシアの支配が続いています》
 これも間違いとはいわない。それまで住んでいた家や土地を奪われ、今も返還運動に取り組む同胞の心の叫びや痛みはわれわれが語り継がねばならない問題のはずだ。この両社の記述に共通するのは、どちらも冷淡でひとごとのような書きぶりであるということである。
■自国の立場を教えるのは「自己中心的」か
 一方、自由社を見ると、《わが国には、領土に関して、北方領土問題竹島問題、尖閣諸島問題という三つの重大な領土問題があります。いずれも、歴史的にも国際法的にもわが国固有の領土ですが、近隣諸国が不法に占拠したり、不当に領有を主張したりして紛争となっています》
 育鵬社はどうか。《日本も近隣諸国との間で領土問題をかかえています。歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の北方領土、日本海上の竹島は、それぞれロシア韓国がその領有を主張し、支配しています。また、東シナ海上の尖閣諸島については、台湾と中国がその領有を主張しています。しかし、これらの領土は歴史的にも国際法上も、日本の固有の領土です》とある。比べてみると違いは一目瞭然だろう。
 こういう記述が最近、ようやくできるようになってきたのだ。この2社の教科書について左翼の方々は「自己中心的な見方に終始している」などと盛んに批判を浴びせる。そういう主張をうのみにしているメディアもあれば、採択に携わる教育委員も真に受けていることすらある。
 だが、それってとてもヘンな話だ。わが国が自国の考えや見解、立場を将来の担い手である児童生徒たちに教えるのは至極当然の話で、周囲にはばかる必要など何もないはずだ。自国の立場を教科書に書くときは周辺国や他国の立場も必ず添える。なぜこんな“セット販売”が義務づけられなければならないのか。
■自国の立場を教えなくていいか
 要するに左翼の口車にのって、あるいは韓国との軋轢(あつれき)に腰砕けになって「自己中心的だから」といいながら「自己」をきちんと教えなくなっている。それが実態であって、その方がよっぽど非教育的な状況だということだ。
 国旗や国歌もそうである。来春から中学校で使われる帝国書院はこう記述している。
 《国民の自覚を高めるために用いられるものに世界各国の国旗と国歌があります。ほかの国々の国旗と国歌を尊重することは現代世界の礼儀となっています》
 東京書籍はどうか。
 《主権国家は、国家を示すシンボルとして、国旗と国歌を持っています。日本では、1999年に法律で『日章旗』が国旗、『君が代』が国歌と定められました。国どうしが尊重し合うために、たがいに国旗・国歌を大切にしていかなければなりません》
 国旗や国歌を尊重することが大切だ、とは書いてあるが、児童生徒が「わが国」の国旗や国歌を尊重して大切にしていかなければならないとは明記しないのである。こうした記述に書き手の意図が潜んでいる。全国の教育委員は読み解けているのだろうか、甚だ怪しいもんである。
■朝日のいう自制って何だ
 日本の国会議員が竹島をめぐり、鬱陵島に視察に行こうとして韓国に入国拒否された事件があった。
 朝日新聞は社説で「領土問題は、簡単に解決できるものではない。短兵急にことを構えず、事態をこじらせぬよう、自制した大人の対応が双方に求められる」と書いていた。
 国会議員の行動を「(議員は)領土や歴史認識の問題で、韓国中国に厳しい態度をとる人たちである。(中略)これでは、領土問題の解決に資するような展望も戦略も持たないまま、騒ぎを巻き起こすだけのパフォーマンスとみられても仕方あるまい」として「ここはまず、刺激しあうことを避け、悪循環にこれ以上はまらぬよう自制すべきだ」「解決への効果も期待できない行動を強行することが『毅然(きぜん)とした外交』ではないし、自制は『弱腰』ではない」といった具合で論じている。
 ざっとこんな調子である。朝日新聞のいう、弱腰ではない自制の方針って何だろう。結局、何もしない、何も主張しないということではないのだろうか。一体、領土問題の解決にどんな展望と戦略を朝日新聞は持っているのだろうか。まさか竹島韓国に譲ってあげる秘策が領土問題の解決策ということなのか。
■朝日の社説は大人だったか
 視察に向かった国会議員について「領土や歴史認識の問題で韓国中国に厳しい態度をとる人たちである」と断じている。これもおかしな表記である。
 日本の政治家が(のみならず国民も)国益を踏まえて日本の立場を示すために中国韓国のみならず外国に厳しい態度を取ることは当然あるだろう。まさか朝日は厳しい態度を取ってはいけないとでもいうつもりなのだろうか。
 また「騒ぎを巻き起こすだけのパフォーマンスとみられても仕方あるまい」と付しているのだが、騒いでいるのは韓国であって、日本の国会議員ではない。自制すべきは韓国であって双方ではない。事態をこじらせない自制した大人の社説が求められるのは朝日新聞だと考える。
 厳しい態度を取ることは当然あると書いたついでにいえば、むしろ、今の日本の外交問題は外国の首脳クラスとの会談時に、いうべきことを言わない政治家が多すぎるということだ。それがもたらす外交上の害悪の方がよっぽど問題である。竹島もそう。韓国民主党政権の動向を見ていると、民主党政権はなめられているし、相手にされていないように思えてならない。
■わが国を尊重させまいとする態度
 教科書も新聞もこういう書きぶりがまだ散見するくらいだから、教育委員の認識にだけそう多くは期待できないのかもしれない。
 ただ、自分の住む国に領土問題があれば、国民として自国の主張や論点をきちんと知っておく。そんなことは自然になされるべきことであろう。間髪入れずに「自分の国ばかりでなくて他国の立場も尊重すべきだ」とすぐに難癖をつけてくる空気の方が要注意だということだ。
 新聞にせよ教科書記述にせよ、結局はいつも相対化してしまって自国を尊重させまいとしているからである。
■時間の経過とともに国民意識がむしばまれていく
 冒頭、日本JCの調査について述べた。日本の高校生がほとんど国境を描けない。なぜ、そうなるのかについて考えてきた。国境についてわが国の子供たちが日本の公教育の現場で教わろうにも、学校にはさまざまな仕掛けがあり、教育の機会が摘み取られてしまっているのである。
 記事では、高校生だけでなく、大人も満足に描けないとあった。もはやそういう教育を受けてきた子供たちがすでに大人になっているのである。20年、30年と続けば、徐々に社会は麻痺(まひ)してくる。
 まず、領土について、自分の立場を毅然と主張することをはばかるのが当たり前になってくる。例えば民主党の岡田克也幹事長。外相時代、国会答弁で何度促されても断固として竹島について「韓国に不法占拠されている」とは言わなかった。彼は、そういうことを口にするのは対立をあおることだ、だから口にすべきでないと堅く信じているのだろう。
 ロシアの閣僚が民主党政権の足元を見て北方領土に行っても、国民的な怒りが沸騰することすらない。どちらも時間とともに関心そのものが薄れているのだ。それが社会がむしばまれていくひとつの兆しだ。
 日本JCの調査結果も同じである。決して好ましいことではない。そういう異常が続けば、犠牲になるのは子供たちである。領土を正しく認識できなければ、考えることも、まして主張することすらできないからである。
(安藤慶太社会部編集委員)

2011年8月2日火曜日

復興会議提言・要旨

 政府の復興構想会議が菅直人首相に提出した「復興への提言~悲惨のなかの希望」の要旨は次の通り。
 【前文】
 破壊は前触れもなくやってきた。2011年3月11日。地震と津波との2段階にわたる波状攻撃の前に、この国の形状と景観は大きくゆがんだ。そして第3の崩落がこの国を襲う。原発事故だ。この国の「戦後」を支えていた“何か”が崩れ落ちた。
 複合災害をテーマとする総合問題をどう解くか。どの切り口をとってみても、被災地への具体的処方箋の背景には、日本が「戦後」未解決のまま抱え込んできた問題が透けて見える。文明の性格そのものが問われているのではないか。
 誰に支えられて生きてきたのかを自覚化することで、今度は誰を支えるべきかを震災体験は問うている。それは、自らを何かに「つなぐ」行為によって見えてくる。人と人、地域と地域、企業と企業、市町村と国や県、地域のコミュニティーの内外、東日本と西日本、国と国をつなぐ。「つなぐ」ことで「支える」ことの実態が発見され、復興への光が差してくる。
 東北の復興を国民全体で支えることにより、日本再生の「希望」は一段と身近なものへと膨らんでいく。「希望」を通じて「共生」が育まれる。一度に大量に失われた「いのち」への追悼と鎮魂を通じて、今ある「いのち」をかけがえのないものとして慈しむこととなる。破壊の後に、「希望」に満ちた復興への足取りを、確固としたものとして仕上げることができると信ずる。
 【第1章 新しい地域のかたち】
 被災地における地域づくりを推進するに当たっては、大自然災害を完全に封ずることができると想定するのではなく、「減災」の考え方に立って「地域コミュニティー」と「人と人をつなぐ人材」に注目する必要がある。災害の発生を前提として、地域と国の在り方を考える発想は最近まで重視されてはいなかった。むしろそうした発想から目を背け、「戦後」の平和を享受し安全神話に安住し続けてきたのが実情ではないか。
 新たな地域づくりは、災害ありうべしとの発想から出発せねばならぬ。災害との遭遇に際し、主体的に「逃げる」という自助が基本だ。それを可能にするには「共助」「公助」へと広がる条件を整備しなければならない。
 ◇地域づくり(まちづくり、むらづくり)の考え方
 (1)減災という考え方
 巨大な津波の災害に対して、防波堤・防潮堤など最前線のみで防御することはできない。今後の復興に当たっては、大自然災害を完全に封ずることができるとの思想ではなく、被災したとしても人命を守り、経済的被害を極力少なくし、災害時の被害を最小化する「減災」の考え方が重要である。
 「減災」の考え方に基づけば、「逃げる」ことを基本とする防災教育の徹底や、ハザードマップの整備など、ソフト面の対策を重視しなければならない。さらに、防潮堤等に加え、交通インフラ等を活用した地域内部の第2の堤防機能を充実させ、避難地・避難路・避難ビルを整備する。災害リスクを考慮した土地利用・建築規制を一体的に行うなど、ソフト・ハードの施策を総動員することが必要である。
 (2)地域の将来像を見据えた復興プラン
 復興に際しては、地域のニーズを優先しつつ、一方で高齢化や人口減少等、経済社会の構造変化を見据え、他方で、東北の地に、来るべき時代をリードする経済社会の可能性を追求する。
 ◇地域類型と復興のための施策
 今回の被災地は、地形、産業、くらし等の状況が多様であり、代表的な地域モデルごとに、それぞれの復興施策のポイントを概観的に提示する。
 個々の事業については、費用対効果や効率性の観点を重視し、真に必要かつ有効な事業となるよう配慮されるべきだ。
 〔類型1〕平地に都市機能が存在し、ほとんどが被災した地域
 住居や都市の中枢機能を高台など安全な場所に移転することを目標にすべきだ。適地確保の問題、水産業など産業活動の必要から、平地の活用も避けられない。その際は、できるだけ地域になくてはならない産業機能のみの立地とする土地利用・建築規制を一体的に実施しなければならない。
 〔類型2〕平地の市街地が被災し、高台の市街地は被災を免れた地域
 高台市街地への集約・有効活用が第一だが、権利関係の調整が難航する恐れがあるため、全ての移転は困難であり、平地の安全性を向上させた上での活用が必要となる。平地においては、できるだけ産業機能のみの立地とする土地利用・建築規制を実施しなければならない。また、土地のかさ上げ、避難路・避難ビル等の避難対策を充実すべきだ。
 〔類型3〕斜面が海岸に迫り、平地の少ない市街地および集落
 海岸部後背地の宅地造成などで住居等を高台移転することを基本とする。平地は産業機能のみを立地させ、住居の建築を制限する土地利用規制を導入すべきだ。高齢化に伴い、集落維持が困難なケースについては、集落の再編が課題になり得る。
 〔類型4〕海岸平野部
 海岸部の巨大防潮堤の整備ではなく、新たに海岸部および内陸部での堤防整備と土地利用規制とを組み合わせなければならない。その際、交通インフラなどを活用して二線堤機能を充実させ、住居などは二線堤の内側の内陸部など安全な場所に移転することを基本とする。二線堤より海岸側は、適切な避難計画に基づく避難路の整備・機能向上、避難ビルの整備の検討が必要だ。
 〔類型5〕内陸部や、液状化による被害が生じた地域
 被災した住宅・宅地に「再度災害防止対策」を推進し、都市インフラの補強、住宅の再建、宅地の復旧のための支援を行う。
 以上の選択肢において、被災者生活再建支援法などの支援制度はあるものの、地域住民の負担が過大にならないようにすること、地方公共団体の地域づくりに要する負担がいちどきに集中しないようにすることの配慮が必要。また、被災地の集団移転などを見越して投機的な土地の先行取得等が行われることを防ぐため、土地取引の監視のために必要な措置を速やかに講じることが必要だ。
 ◇既存復興関係事業の改良・発展
 今後の津波対策は、防波堤・防潮堤等の「線」による防御から、河川、道路、まちづくりも含めた「面」による「多重防御」への転換が必要である。
 防波堤、防潮堤の整備事業、防災集団移転促進事業、土地利用規制などの既存手法も、復興に適用できるか検証し、必要に応じて改良が求められる。
 ◇土地利用をめぐる課題
 (1)土地利用計画手続きの一本化
 復興事業を円滑かつ迅速に進めるため、都市計画法、農業振興地域整備法、森林法等に係る手続きを市町村中心に行われるよう一本化し、土地利用の再編等を速やかに実現できるような仕組みを再構築する。
 (2)土地区画整理事業、土地改良事業等による土地利用の調整
 高台への集団移転など大規模な土地利用転換を伴う事業を実施する場合、住宅地から農地への転換を円滑に進める仕組みの整備も併せて検討しなければならない。
 (3)被災地における土地の権利関係
 浸水地域を含む被災地では、権利者の所在や境界等が不明な土地が多数発生している。これらが復興に向けた地域づくりの支障にならないように、必要な措置を考慮しなければならない。
 ◇復興事業の担い手や合意形成プロセス
 (1)市町村主体の復興
 復興の主体は、住民に最も身近で地域特性を理解している市町村が基本。住民、NPO、地元企業等とも連携して復興計画を策定し、自主的かつ総合的にきめ細やかな施策を推進しなければならない。
 (2)住民間の合意形成とまちづくり会社等の活用
 地域住民のニーズを尊重するため、住民の意見を取りまとめ、行政に反映するシステムづくりが不可欠。
 まちづくり会社の活用を含めて、あらゆる有効な手だてを総動員すべきだ。
 (3)復興を支える人的支援、人材の確保
 住民の合意形成を支援し、「つなぎ」の役割を果たすコーディネーターやファシリテーターなどの人材は、住民内部からの育成が望ましい。
 住民主体の地域づくりを支援するため、まちづくりプランナー、建築家、大学研究者、弁護士などの専門家(アドバイザー)の役割が重要である。
 ◇復興支援の手法
 (1)災害対応制度の創設
 制度や事業の検討に当たっては、将来起こり得る災害からの復興にも役立つよう、全国で活用可能な恒久措置化を図るべきだ。
 今後大規模な津波の襲来が想定される地方公共団体において、津波被害に強い地域づくりを推進するに当たっての基本となる新たな一般的な制度を創設し、津波災害に強い地域づくりの考え方を国が示す必要がある。
 (2)今回の特例措置
 必要な人材・ノウハウの提供、財政措置、規制緩和、制度上の特例措置など、地域の多様なニーズに対応できる広範なメニューを準備しなければならない。土地利用計画手続きの一本化・迅速化に当たっては、「特区」手法が有効である。
 【第2章 くらしとしごとの再生】
 地域の再生は、くらしとしごとの条件整備がなされて初めて可能になる。くらしの視点からは、「地域包括ケア」や「学校の機能強化」が重要だ。保健・医療、介護・福祉サービスを一体化して、被災した人々を「つなぐ」と同時に、それを雇用創出に結び付ける。そして高度医療を担う人材を被災地で育成し、新たなコミュニティーづくりの一翼を担ってもらう。この被災地における取り組みは、「地域包括ケアモデル」として、やがて全国に広く展開される試みになっていく。
 ◇地域における支えあい学びあう仕組み
 (1)被災者救援体制からの出発
 当面は、医療機関、社会福祉施設、保育所等の施設の復旧、仮設診療所や薬局、介護・障害等のサポート拠点などの新たな設置が必要となる。
 被災者の心のケア等の相談援助が必要。両親が亡くなった、あるいは行方不明の子どもについては、里親制度の活用を含め、長期的な支援を行わなければならない。
 (2)地域包括ケアを中心とする保健・医療、介護・福祉の体制整備
 従来の地域のコミュニティーを核とした支えあいを基盤としつつ、保健・医療、介護・福祉・生活支援サービスが一体的に提供される地域包括ケアを中心に据えた体制整備を行う。
 (3)学ぶ機会の確保
 学校・公民館の再建に当たっては、防災機能のみならず地域コミュニティーの拠点としての機能強化を図る。
 親や身内が被災した子どもや若者たちが、広く教育の機会を得られるよう配慮する。このため、奨学金や就学支援等を適切に実施していく必要がある。
 ◇地域における文化の復興
 (1)人々を「つなぐ」地域における文化の復興
 地域における文化の復興過程において人と人とは再び「つながる」。
 (2)地域の伝統的文化・文化財の再生
 地元の歴史や文化を大切にし、文化遺産を継承することにより、地域のアイデンティティーの保持を図る。
 (3)復興を通じた文化の創造
 文化芸術活動への支援や芸術祭・音楽祭などの開催、地域におけるスポーツ活動の促進等を通じて、新しい「文化」を発展させる。
 ◇緊急雇用から雇用復興へ
 (1)当面の雇用対策
 急を要するのは被災地での雇用危機への対応である。仕事を失った人が失業給付を速やかに受け取れるようにする。その際は、離職要件の緩和や失業給付期間の延長など条件緩和も必要である。
 困難に直面している事業者ができるだけ雇用を維持できるよう、雇用調整助成金の適用基準を緩和するなどの弾力的な運用が必要だ。当面は、既存の雇用機会維持だけでなく、新たな雇用機会創出のために雇用創出基金事業なども積極的に活用すべきだ。
 復興事業からの求人が被災者の雇用に結び付くよう、地元自治体とハローワークの情報共有などを通じた連携が重要である。被災者の雇用機会を増やすため、被災者を採用した企業への助成を行うことも望まれる。
 (2)産業振興による本格的雇用の創出
 本格的な安定雇用は、被災地における産業の復興から生まれる。もともとこの地域の強みであった農林水産業、製造業、観光業の振興、再生可能エネルギーなどの新産業の導入などが、雇用復興のカギである。
 産業振興が、より高い付加価値を生み出す方向に進化していることが必要だ。地域の産業の高度化や新産業創出を担う人材の育成等の取り組みを支援することも大切だ。
 就労実態を踏まえた全員参加型、世代継承型の雇用復興が期待される。農漁業者の観光業や製造業の兼業など「合わせ技」で安定的な就労と所得機会を確保することも有効な手だてとなる。
 ◇地域経済活動の再生
 (企業・イノベーション)
 東北地域は、地域経済における製造業の占める割合が高い。東北の製造業は、国内外の製造業の供給網(サプライチェーン)の中でも重要な役割を果たしている。今回の震災はわが国経済に大きな影響を及ぼした。
 借入依存度を高め資本が毀損(きそん)した企業への対応策、企業の資金繰り支援等を十分な規模で実施する必要がある。
 震災を契機に、生産拠点を日本から海外に移転するなど、産業の空洞化が生じ、雇用を喪失する恐れがある。企業の立地環境の改善を図るため、供給網の再生支援を含む立地促進策をとり、地域経済の復興とわが国産業の再生、雇用の維持、創出に積極的に取り組まなくてはならない。
 製造業に加え、商業・観光業などの分野において中小企業は、雇用者を多く抱えるなど大きな役割を果たしているが、震災で大きな影響を受けた。必要とされる支援が広く行き渡るよう、さまざまな措置が確保されなければならない。震災の影響による風評被害などに対応するため、国内外への新たな販路開拓支援に早期に取り組むことが必要である。
 いわゆる二重債務問題については、金融機関・被災者のみならず、国・自治体を含め関係者がそれぞれ痛みを分かち合い、一体となって問題の対応に当たる必要がある。過去の震災などでの取り扱いとの公平感にも留意しつつ、可能な限りの支援策を講ずべきである。
 国の資本参加を通じて金融機関の金融仲介機能を強化する金融機能強化法の震災特例が活用されることを期待したい。
 研究開発の促進による技術革新(イノベーション)を通じて、「成長の核」となる新産業および雇用を創出するとともに、地域産業の再生をもたらし、東北に産業と技術が集積する地域を創り出すことが期待される。
 (農林業)
 農林業について、一日も早い復旧を目指すとともに、営農を再開するまでの間、担い手を支援する観点から、復旧に係る共同作業を支援する必要がある。
 地域資源を生かした農業再生戦略は、集落での徹底した議論に基づき、(1)高付加価値化=6次産業化やブランド化、先端技術の導入による雇用確保と所得の向上(2)低コスト化=土地利用計画の見直しや大区画化を通じた生産コスト縮減(3)農業経営の多角化=グリーンツーリズム、バイオマスエネルギーなどによる新収入源の確保-の三つの戦略を組み合わせた将来像を示す必要がある。
 大規模な平野部では、「低コスト化戦略」を中心に、「高付加価値化戦略」や「農業経営の多角化戦略」を組み合わせる。
 三陸地域等では、水産物などの特産物の「高付加価値化戦略」や「農業経営の多角化戦略」を適切に組み合わせる。
 内陸部では、地域特性に応じ、例えば、集落営農による「低コスト化」や「高付加価値化」の戦略を組み合わせる。
 林業については、作業道の整備、森林施業の集約化などを一層推進する。木質系震災廃棄物を発電や熱利用に結び付け、将来的には間伐材利用の木質バイオマスによるエネルギー供給体制を構築する。
 (水産業)
 全国の漁業生産量の5割を占める7道県(北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉)を中心に大きな被害が発生した。水産業は関連産業との結び付きが強く、地域経済や雇用の視点からも重要な役割を果たしている。
 沿岸漁業は、漁協による子会社の設立や漁協・漁業者による共同事業化により、漁船や漁具などの生産基盤の共同化や集約を図っていくことが必要である。
 小規模な漁港は、地域住民の意見を十分に踏まえ、圏域ごとの漁港機能の集約・役割分担や漁業集落の在り方を一元的に検討することが必要である。復旧・復興事業の必要性の高い漁港から事業に着手すべきだ。
 沖合・遠洋漁業は、適切な資源管理、漁船・船団の近代化・合理化による構造改革、漁業生産と一体的な流通加工業の効率化・高度化を図る。拠点漁港は、緊急的に復旧事業を実施、流通機能等の高度化を検討すべきだ。
 漁場を含めた海洋生態系が激変したことから、科学的知見も活用し、漁場や資源の回復を図るとともに、より積極的に資源管理を推進すべきだ。
 漁業の再生に向けて、地域の理解を基礎としつつ、地元漁業者が主体的に民間企業と連携できるよう、仲介・マッチングを進める。必要な地域では、「特区」手法の活用により、地元漁業者主体の法人が漁協に劣後せずに漁業権を取得できる仕組みとする。ただし、民間企業単独の場合には、地元漁業者の生業の保全に留意する。
 (観光)
 豊かな自然や文化、世界遺産等の地域観光資源を活用して、新しい観光のスタイルをつくり上げ、「東北」を全国、全世界に発信することが期待される。
 短期的には、風評被害防止のための正確な情報発信や観光キャンペーンの強化などにより、国内外旅行の需要の回復、喚起に早急に取り組む。
 ◇地域経済活動を支える基盤の強化
 (交通・物流)
 生活交通は、災害に強い地域交通のモデルを構築。幹線交通網は耐震性の強化や復元力の充実、「多重化による代替性」(リダンダンシー)の確保により防災機能を強化しなければならない。
 道路、港湾、臨海鉄道等の物流インフラの早期復旧を図る。サプライチェーン全体の可視化、生産・物流拠点の再配置、輸送ルートの多重化等を推進する。ソフト面を重視した災害に強い「災害ロジスティクス」を構築する。
 (再生可能エネルギーの利用促進とエネルギー効率の向上)
 東北地域は、太平洋沿岸では関東地方と同程度の日照時間を有し、太陽光発電に適している。地熱発電、バイオマス、小水力発電、風力発電の潜在的可能性も高い。
 被災地のインフラ再構築に当たっては、エネルギー効率が高く、災害にも強い自立・分散型エネルギー・システム(スマート・コミュニティー、スマート・ビレッジ)を先導的に導入することが必要だ。
 再生可能エネルギー・システムの設置・導入は、新たな雇用の創出に寄与し、装置・システムの生産も、電気機械産業のウエートが高い東北地域の産業の成長に寄与するため、関連産業の集積を促進しなければならない。
 (人を生かす情報通信技術の活用)
 人と人をつなぐ情報通信基盤に大きな被害が生じており、次世代の発展につながるようにその復旧を進めるべきだ。
 被災者に正確・迅速に支援情報を提供するとともに、被災地の地方公共団体と地域住民が円滑にコミュニケーションできる環境を確保する。
 情報通信技術の利用・活用を進め、地域医療などの連携強化のための情報共有や地域の産業の再生・創出に取り組むべきだ。
 行政・医療・教育等の分野におけるクラウドサービスの導入を推進すべきだ。
 ◇「特区」手法の活用と市町村の主体性
 市町村の能力を最大限引き出せるよう、地方分権的な規制・権限の特例、手続きの簡素化、経済的支援など必要な各種の措置を具体的に検討し、区域・期間を限定した上で、これらの措置を一元的(ワンストップ)かつ迅速に行える「特区」手法を活用することも有効である。
 新しい地域づくりなどへの対応と併せ、復興に必要な各種施策が展開できる、使い勝手のよい自由度の高い交付金の仕組みが必要である。
 地域において、これまでの震災時の事例や民間寄付金の活用事例も参考にしながら、国や県の支援を受けつつ、現行制度の隙間を埋めて必要な事業の柔軟な実施を可能とする基金の設立を検討すべきだ。
 ◇復興のための財源確保
 わが国の財政をめぐる現状は、阪神・淡路大震災当時よりも著しく悪化し、社会保障支出の増加による巨額の債務も、これからの世代に負の遺産として残されている。復旧・復興財源については、次の世代に負担を先送りすることなく、今を生きる世代全体で連帯し、負担の分かち合いにより確保しなければならない。
 政府は、復興支援策の具体化に併せて、既存歳出の見直しなどとともに、国・地方の復興需要が高まる間の臨時増税措置として、基幹税を中心に多角的な検討を速やかに行い、具体的な措置を講ずるべきだ。この点は、先行する需要を賄う一時的なつなぎとして「復興債」を発行する場合、日本国債に対する市場の信認を維持する観点から、特に重要である。
 今回の災害で被災した地方公共団体は財政力が低い団体が多く、役場機能を含むまち全体が壊滅的な打撃を受けた市町村も多数に上る。地方の復興財源についても、臨時増税措置などにおいて確実に確保すべきだ。被災地以外の地方公共団体の負担にいたずらに影響を及ぼすことがないよう、地方交付税の増額などにより確実に財源の手当てを行うべきだ。
 【第3章 原子力災害からの復興に向けて】
 原子力災害の大きさと広がりには、底知れぬ恐怖がある。人々は「戦後」を刻印したヒロシマ、ナガサキの原爆と、「災後」を刻印しつつあるフクシマの原発とを一本の歴史の軸の上に、あたかもフラッシュバックされる映像のように思い浮かべる。今回の地震と津波被害を起こり得ないものとして、考慮の外に追いやっていたのと同様の思考の在り方が、ここにも見いだせる。
 人々は原子力については、ことさら「安全」神話を聞かされる中で、疑う声もかき消されがちであった。原発事故を起こり得ないものとした考え方は、その意味では地震や津波災害の場合よりも、何か外の力が加わることによって一層閉ざされた構造になっていた。
 人々は、進行中で収束を遂げぬ原発事故にどう対処すべきか、思いあぐねている。今回の地震と津波の災害に対し、「減災」という対応方式が直ちに認知されたことと、それは対照的だ。ある型に回収されるような事態ではないからだ。パンドラの箱が開いたときに、人類の上にありとあらゆる不幸が訪れたのと類似の事態が思い浮かぶ。
 しかし、パンドラの箱には、誤ってしまわれていたものがあった。「希望」であった。「希望」は、原発事故に遭遇したフクシマの人々には、まだ及びもつかぬ言葉かもしれぬ。しかし、ここでもまた人と人を「つなぐ」意味が出てくる。原発事故の被災地の中に「希望」を見いだし、あるいは「希望」をつかむことは、被災地内外の人と人を「つなぐ」糧となり得る。
 ◇一刻も早い事態の収束と国の責務
 震災からの復興は、原発被災地の復興を抜きにして考えることはできない。復興に向けた大前提は国が責任を持って、一刻も早く原発事故を収束させることだ。国は原子力災害の応急対策、復旧対策、復興について責任を持って対応すべきだ。
 今回の原発事故の原因究明とその影響の評価、事故対応の妥当性の検証を国際的な信認を得られるよう徹底的に行う。
 ◇被災者や被災自治体への支援
 被災者への賠償を迅速、公平かつ適切に行い、当面の必要な資金についても速やかに仮払いが行われるべきだ。そのための法的枠組みとして、「原子力損害賠償支援機構法案」の早期成立を図るなど、国が最後まで意を用いていくべきである。風評被害に苦しむ事業者が雇用を維持するための支援を行う。
 地域コミュニティーの維持のためには特別な施策が必要だ。避難区域の設定により移転を余儀なくされた地方公共団体の住民に対する行政サービス機能の維持に向け、制度的・財政的な対応が重要である。
 ◇放射線量の測定と公開
 正確な情報発信や継続的な情報開示により、福島県民、ひいては国民全体に安心と信頼を与え、日本に対する国際的信頼感を回復させることが重要だ。そのためには、速やかに放射線量のモニタリングを全国統一的な方針・基準により一元的かつ計画的・継続的に行うことが必要である。
 ◇土壌汚染等への対応
 放射性物質により汚染された廃棄物や土地の早期の処理・浄化に取り組む。その際、汚染状況などの専門的・継続的な把握だけでなく、一元的な情報集約と提供を図る必要がある。
 放射性物質の除去については、知見が十分に得られていない状況にあるため、関係研究機関の英知を結集させて、現場レベルでの実証を行いつつ、除染に関する手法を早期に確立し、着実に実施する。
 ◇健康管理
 国の支援のもと、健康管理の問題に早急に着手するとともに、健康維持に関する施策を継続的に実施すべきだ。
 放射性物質による汚染が健康にどのような影響を与えるかを長期的に調査し、今後の医療の在り方を検討の上、放射線の影響に関する長期的健康管理や最先端の研究・医療を行う施設等を福島県に整備する。
 ◇復興に向けて
 福島県は、地域の再生・復興を図る上で極めて困難な条件下に置かれる。原子力災害からの復興に対応する国の態勢の一元化や必要となる法整備を含め、長期的視点から、国が継続して責任を持って再生・復興に取り組むべきだ。
 地域の再生・復興に当たっての専門性の高い議論や長期的視点の必要性から、政府においては復旧の状況を勘案しつつ、原子力災害に絞った復興再生のための協議の場を設けるべきである。
 福島県において、放射性物質による汚染を除去する必要がある。大学、研究機関、民間企業等の協力の下、内外の英知を結集する開かれた研究拠点を形成する。そこでは、環境修復に関して国際的に最先端の取り組みを推進する。
 福島県に医療産業を集積し、世界をリードする医薬品・医療機器・医療ロボットの研究開発、製造拠点とするため、「特区」手法を活用する。その中で、産学連携で最先端の医薬品・医療機器の研究開発を実施するとともに、先端的な医療機関を整備する。
 復興に当たって、原子力災害で失われた雇用を創出するため、再生可能エネルギー関連産業の振興は重要だ。福島県に再生可能エネルギーに関わる開かれた研究拠点を設けるとともに、再生可能エネルギー関連産業の集積を支援することで、福島を再生可能エネルギーの先駆けの地とすべきだ。
 原発被災地の復興プロセスは、他の被災地よりも長期的に見据える必要がある。「福島の大地がよみがえるときまで、大震災からの復興は終わらない」という認識を国民全体で共有すべきだ。
 【第4章 開かれた復興】
 開かれた復興のイメージは、被災地におけるさまざまな創造的営みが日本全国、ひいては世界各国に広がっていくことにある。成熟した先進国家における災害からの復興過程は、世界各国の人々が生き抜く一つの強力なモデルになり得る。
 ◇経済社会の再生
 (電力安定供給の確保とエネルギー戦略の見直し)
 製造業の海外移転による空洞化、海外企業の日本離れを防ぐため、電力の安定供給の確保に優先度の高い問題として取り組む。そのためにも、原発事故の原因究明とその影響の評価、事故対応の妥当性の検証を、国際的な信認を得られるよう行うことを徹底する。新たな安全基準を国が具体的に策定すべきである。
 エネルギー戦略の見直しは再生可能エネルギーの導入促進、省エネルギー対策、電力の安定供給、温室効果ガス削減といった視点で総合的に推進する。
 全量買い取り制度の早期成立・実施が不可欠だ。出力安定化のための蓄電池導入など再生可能エネルギー導入対策や省エネルギー対策を講じる。中長期的には、効率の良い再生可能エネルギーや省エネルギー技術に関する革新的技術開発の取り組みにより、抜本的な発電効率の向上やコスト低減に取り組む必要がある。
 (生涯現役社会と高付加価値産業の創出)
 今回の大震災は、わが国の経済社会の構造変化を背景とする経済停滞の中で生じた危機である。被災地域の復興とともに、日本経済の再生に同時並行で取り組む必要がある。
 被災地に生涯現役の雇用モデルを構築することは、将来の日本のあるべき姿を先取りすることになる。被災地が発展することで、地域間格差是正のモデルを示すことにもなる。
 (復興を契機として日本が環境問題をけん引)
 世界の先駆けとなるような持続可能な環境先進地域を東北に実現することで、日本が環境問題のトップランナーとなることが期待される。東北に豊富に存在する再生可能なエネルギー資源を活用して災害に強い自立・分散型のエネルギー・システム導入を先駆的に始めることは、低炭素社会の実現にもつながり、他の地域における取り組みに刺激を与え、加速させる。
 自然の持つ防災機能や、森・里・海の連環を取り戻すための自然の再生、素晴らしい風景の観光資源としての活用などで、自然環境と共生する経済社会を実現すべきだ。復旧・復興の過程で発生する大量の廃棄物を徹底してリサイクルするほか、製造業とリサイクル産業をつなぐ先駆的な循環型社会を形成することを目指す。
 ◇世界に開かれた復興
 (日本再生に関する内外の理解促進)
 原発事故の一刻も早い収束を前提としつつ、科学的根拠を持った1次データの公開など、正確な情報発信や継続的な情報開示により、風評被害の払拭(ふっしょく)に努めるべきである。
 復興過程の進捗(しんちょく)、日本産品や日本への渡航の安全性に関する情報を、これまで以上に的確かつ迅速に発信すべきだ。
 世界から人々を呼び寄せ、安全・安心な国、高度な科学技術等のわが国の魅力を再び強調し、「クールジャパン」の推進などにより日本ブランドの信頼性を回復させることが望まれる。
 (世界に開かれた経済再生)
 国際的企業の研究開発拠点やアジア本社機能の設置を促進する魅力的な投資環境を整備。わが国の活力となるべき外国人の受け入れを促進する。
 引き続き、自由貿易体制の推進により日本企業と日本産品の世界における平等な競争機会を確保し、被災地の雇用創出や経済の発展を推進する。
 ◇人々のつながりと支え合い
 (地域包括ケアと社会的包摂の推進)
 被災者が支え合う姿、全国からのボランティアが支援する姿は「人々の絆やつながり」という日本人と日本社会にある底力を再認識させた。
 「共助」を軸にした新たな包括支援・参加保障の仕組みを構築することがこれからの日本社会をつくり出す。
 (復興と「新しい公共」)
 被災地の復興と日本の再生に当たり、身近な分野で多様な主体が共助の精神で活動することが重要。「新しい公共」の力が最大限に発揮されるよう、制度・仕組みを構築する。
 ◇災害に強い国づくり
 (震災に関する学術調査)
 今後の防災対策を検討するため、各分野における詳細な調査研究が重要だ。その際、これまでの防災対策の再検証等が必要だ。
 地震・津波災害と復興過程に関する国際研究を推進する。
 (今後の地震・津波災害への備え)
 わが国はプレート境界部に位置し、甚大な被害をもたらす地震・津波は全国どこでも発生する可能性がある。沿岸低地部に人口や資産が集中しており、津波による被害を受けやすい状況となっている。地震・津波の大きなリスクの存在を再認識し、被災した場合でも、これをしなやかに受け止め、経済活動をはじめ諸活動が円滑に行われていくような災害に強い国づくりを進めるべきだ。こうした「減災」の考え方に基づく国づくりは、日本のひとつの強みになる。
 東海・東南海・南海地震への対策については、今回の教訓を踏まえ、新しい対策の方向性を示す必要がある。首都直下型地震については、日本のみならず、世界への影響も考慮して対策を強化すべきだ。地震・津波の観測体制の強化、津波予報の在り方等の検討を図るべきだ。
 (防災・「減災」と国土利用)
 未曽有の大災害が生じた場合でも、わが国全体としての経済社会活動が円滑に行われるよう、国土利用の在り方そのものを考える必要がある。
 社会基盤について、施設の防災対策の強化と同時にルートの多重化が必要。また、災害に強いサプライチェーンを構築する。
 (災害の記録と伝承)
 復旧・復興過程での教訓を生かして、アジアをはじめとする途上国の人材を育成するなど、人の絆を大切にした国際協力を推進する。
 地震・津波災害、原子力災害の記録・教訓について、中核的な施設を整備する。
 この大震災を忘れないためにも、多くの人々が参加し、地元発意のもと、「鎮魂の森」を整備する。
 【結び】
 人と人とを「つなぐ」ことで、復興過程は満たされていく。しかし復興は一様に進むわけではない。ぼうぜん自失と悲哀の最中にあって、「まずはこれをせねば」という具体的目標が設定されたとき、この国の人々はまなじりを決して勢いよく立ち上がる。そして一心不乱に復興の実現に寄与していく。ふと気付くと当初の「悲惨」から再生への過程のなかで「希望」の明かりが辺りを照らし出しているではないか。
 復興が苦しいのもまた事実だ。耐え忍んでこそと思うものの、つい「公助」や「共助」に頼りがちの気持ちが生ずる。しかし、頼むところは自分自身との「自助」の精神に立って、敢然として復興への道を歩む中で「希望」の光が再び見えてくる。
 喉元過ぎれば熱さ忘れるという格言がある。「災後」の「減災」の考え方が、この国に定着するかどうか。かつて地震学をも研究した寺田寅彦はこう言った。関東大震災から12年たったときのことだ。「いつ来るかも分からない津波の心配よりも、あすの米びつの心配の方がより現実的である」と。われわれもまたこの誘惑に負けそうになるかもしれぬ。
 しかし、寅彦の警句を超える手ごわい事態があることを忘れてはならない。何あろう、それこそがいまだ解決の契機を得ず原発事故に苦しみ続けるフクシマの姿にほかならない。
 地震と津波は今後も起こり得るという前提の下、「減災」の考え方で進むことになる。では、原発事故については、果たしてどうなのか。
 フクシマ再生の槌音(つちおと)は、いくら耳を澄ませても聞こえてはこない。その地はまだ色も香もない恐怖の君臨に委ねられている。だから、静かな怒り以上のものにはなり得ない。フクシマの再生を世界の人々とともにことほぐことのできる日が少しでも早く来たらんことを、望んでやまない。
 以上をもって、われわれの「提言」は終わる。われわれは、まず「減災」の考え方に基づく市町村主体の新しい地域づくりの方法を提案した。次いで、地域再生のため、さまざまな産業の活性化の方向性を提示した。
 さらに、原子力災害に対する対応策を示すとともに、再生可能エネルギー推進による、日本のエネルギー構造の新たな方向を提唱した。その上で、つながり支え合うことによる開かれた復興への道筋を提起した。
 この「提言」は、「悲惨」の中にある被災地の人々と心を一つにし、全国民的な連帯と支え合いのもとで、被災地に「希望」の明かりをともすことを願って、構想されたものである。
 政府が、この「提言」を真摯(しんし)に受け止め、誠実に、速やかに実行することを強く求める。(2011/06/25-14:51)