2014.7.12 18:04
昨年の3倍、25万着がすでに完売
「空調服」という会社をご存じだろうか。その会社が開発したユニークな作業服がいま大ヒットしているのだ。
商品名は社名と同じ「空調服」で、背中の腰の部分に2基のファンがついている。そのファンが体全体に風を送って汗を気化し、その気化熱によって体を冷やす仕組みになっている。風呂上がりの濡れた体に扇風機が心地よいのと同じ原理なのだ。
試しにその空調服を着てみると、確かに涼しい。というよりも少し寒いくらいに感じるほど。汗をかいていると、とりわけ涼しいそうだ。しかも、体が汗臭くならない。汗臭くなるのは、衣服に汗がついて雑菌が繁殖するためで、汗をすべて気化させてしまえば、臭いは全くしなくなるわけだ。
そのため、建設現場などで作業している人の間で人気を呼び、次々に注文が舞い込んでいるという。「今年は昨年の3倍超、25万着を生産しますが、予約分を含めてほぼ完売の状態です。代理店で取り合いになっていて、余り注文をしないでほしいと言っているところです」と市ヶ谷弘司社長はうれしい悲鳴を上げる。
その社長室には、ソニー創業者の井深大氏とのツーショット写真が飾られている。実は市ヶ谷社長は元ソニーの開発者で、大学も井深氏と同じ早稲田大学理工学部。しかし、1970年のソニー入社後しばらくの間は井深氏とほとんどコンタクトがなかったという。それが社内の発明大会で大きく変わった。
ソニー時代の発明に井深、盛田両氏が注目
当時、ブラウン管の検査部門で働いていた市ヶ谷社長は発明大会にブラウン管技術を使った笛を出品。それが井深氏の目に留まったのだ。すると、すぐさま新製品の開発部門に異動。半導体を使って音を合成する楽器の開発に携わった。そしてつくったのが電子ピアノだった。これには盛田昭夫会長(当時)が興味を示し、自宅に招待してくれたという。
「仲間3人と一緒でしたが、開発についてのいろいろな話をし、発売前のウォークマンを見せてくれたことが印象に残っています」と当時を振り返る。
しかし、1991年、市ヶ谷社長は自分で発明したいものを売ってみたいとソニーを退社。新会社を立ち上げて、ブラウン管の画質を検査する装置の製造・販売を開始した。ところが数年後、東南アジアに売り込みに行った時、市ヶ谷社長は危機感を抱いた。
「クーラーを使っていない発展途上国の人たちが将来、日本人のようにクーラーを使うようになったら、エネルギー危機が起こる」--そう思った市ヶ谷社長は検査装置を販売した利益で省エネルギーな冷却装置をつくろうと決心。空調服の開発を始めた。
1年後の1999年、最初の空調服が完成した。それは水タンクを装備した水冷式。ポンプでタンクの水を吸い上げて服の裏側に吊した冷却用の布を濡らし、空気を送って水を気化させることで涼しくするものだ。しかし、これはタンクが邪魔になったり、水漏れがするなど欠点が多かった。そこで、ファンを使うことにした。そして6年後の2004年、試行錯誤の末にようやく完成した。
開発哲学は「最先端の勉強をしないこと」
ただ、最初の数年は思うように売れなかった。というのも、販売ルートがなく、故障することもあったからだ。「まず10万着つくってみたのですが、それがなくなるのに6~7年かかりました」と市ヶ谷社長。
その間、さまざまな改良を加えると同時に、展示会などで来場者に試着してもらい、知名度を上げる努力を行った。その結果、年間1万着だった販売が徐々に増えていき、しかも実際に買ったお客から「一度着たら手放せない」という声が相次ぐようになった。
すると、一気に販売に火がつき、2012年に2万着だったのが、13年には8万着、2014年には25万着と大きく伸びているわけだ。「ようやく思い描いていた通りになってきた」と話す市ヶ谷社長の開発哲学は、最先端の勉強をしないこと。
「新しいものをつくろうとすると、その分野の最先端のことを勉強することが多いと思いますが、それだとその範囲でしか商品を開発できず、画期的なものはできません。しかも、最先端のことを勉強すればするほど、発想は似てきてしまい、商品も同じようになってしまいます。空調服も冷房に関して最先端のことを追究していたら、生まれていなかったかもしれません」
最近は海外からの引き合いも増えており、そのための代理店を探しているという。市ヶ谷社長が開発した空調服の勢いは止まるところがなさそうだ。(ジャーナリスト 山田清志=文)
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