2012年12月29日土曜日

フォークランド紛争に思う


フォークランド紛争に思う(慶大名誉教授・気賀健三 昭和57年5月26日掲載)
2012.10.20 08:26 (1/3ページ)
英国支持の立場を表明せよ

 フォークランド諸島事件が不意に発生してから、今日まで日本の反応はどうであったか。イギリスが国連安全保障理事会にアルゼンチンの非を訴え、その占領軍の即時撤退の決議を要求したとき、政府は、これに賛成の一票を投じた。が、イギリスがアルゼンチンに対する経済制裁への同意を求めたとき、政府の態度は必ずしも明白ではなかった。

 現在にいたるまで政府の態度は、イギリス支持を明言してきたアメリカやEC諸国ほど、割り切ったものではない。イギリス支援の諸国の方針につけこんで、火事場泥棒のような行為をしないよう関係業者に注意を求めている程度であって、対アルゼンチンの経済制裁については、EC諸国と同調するところまでは踏み切っていない。

 イギリスからみれば、このような日本の態度はリップ・サービスのみで、実質的には模様ながめの態度と受けとられ、友好的信頼をえているとは思われない。一方、アルゼンチンからみれば、国際的に不利な立場に置かれていることもあり、日本の模様ながめには半分の期待をいだくだろうが、決してあてになる国とはみないであろう。

 日本にとって、地理的に非常に遠く政治的に特殊の関係を持っているわけではない島に関する紛争について、いずれの国の主張が是で、いずれの国のそれが非であるかを、割り切って断定することを得策と考えていないのかもしれない。

 しかし、領土の支配権をめぐる二つの国の争いは、もし紛争が大きくなれば国の命運にも響く問題である。その平和的解決が国連により試みられているというのであれば、これを見守るのは、政府にとって賢明な策かもしれない。が、現に両国の間に戦闘が交えられる事態を考えれば、日本は信義と公正の念をもって、侵略国アルゼンチンの反省を求め、イギリスの正義の戦いを支持する立場を表明すべきではないか。


国家主権の尊厳を守る行動

 というのは、今度の戦いは既往の経過はどうあれ、アルゼンチン側の一方的な武力行使による領土の占領である。その不当なることは、北方四島のソ連による占領、韓国による竹島の占領と何等かわるところがないからだ。政府は、この占領の不当に対し抗議はしたが、あえて国連に訴える能力を持たなかったし、武力で取りかえす力も意欲も喪失したままである。

 しかしながらイギリスが、大艦隊を派遣してフォークランドを包囲し、侵略という不法行為を絶対に許さぬという断固たる行動に出たことは、わが国にとって重要な教訓となる。しかも、フォークランド諸島の最終的帰属については、イギリスは必ずしも自国領有を固執せず、島民の意向の尊重を第一に考慮しての解決を求めていると伝えられる。

 イギリスはアルゼンチンの暴力の非を挙げ、自衛の措置にでた。これは戦争という大きな犠牲と経済的負担を超えて、イギリスの国家主権の尊厳を守ることの重要性を感じたからにほかならない。

 第二次大戦後の日本は、領土を侵されてもあえて抵抗せず、船や人が捕らえられても、すべて非はわれに在りといわんばかりの態度で、ひたすら釈放を待つに過ぎなかった。

 しかし、平素からわが領土、わが国民、わが権益が不法に侵されることのないよう、防衛の武力を用意しておかなければ、他国の侮りを招くことが多い。日本人が侮りを受けぬだけの自主独立の気力さえも失われることを、わたくしは憂える。

 この憂いは、フォークランド事件に対する日本の多数のマス・メディアの論説についても当てはまる。どの一つとしてイギリスの立場に賛成したものはなく、その立場は傍観的である。力に対して力をもって報いるのでなく、平和的解決を望むという当たり障りのない文章ばかりだ。

 暴に向かって暴をもって報いることを、わたくしは好むものではない。が、国際間の紛争において、国に武力の備えがあり、不当の侵略に対して防衛する用意と気力を持つことは何よりも大切であることを知らなくてはならぬ。


平素の信用の大事さを知れ

 日本国憲法に平和憲法の名をつけ、戦力不所持を礼賛するひとたちは、他国の信義と公正の念に信頼して日本の平和と安全が守られると思っているのであろうが、そうであれば、なおさらアルゼンチンの乱暴に対して非難と抗議を呈すべきだと思う。ところが、むしろイギリスの対抗行為に批判の眼を向けている。矛盾もはなはだしい。

 さらにつけ加えて、わたくしのいいたいことは、外交交渉に武力を振るったアルゼンチンを非難するイギリス側の対抗行為に対して、アメリカをはじめEC諸国が一致してこれを支持する態度を明らかにしていることだ。これは単にECという地政的な結びつきだけがその理由となっているのではあるまい。経済的な利害計算の結果のみでもあるまい。

 イギリスの平素の国際的信用が大きな意味を持っているのではないか。それなくしては、いかに近所づきあいが親密であろうと、危急に際しての一致の支持はありえない。

 顧みて、日本のある島が侵略された場合に、日本と親しい国々が、はたして歩調をそろえて日本を支持してくれるであろうか。日本はそれに値するだけの国際的信用を平素からかちえているであろうか。わたくしは、それを憂える。(きが けんぞう)

                   ◇

 【視点】1982(昭和57)年4月、アルゼンチン軍が突如、英国領のフォークランド諸島を占拠した。これに対し、英国のサッチャー政権は奪還に向けて大艦隊を派遣した。この気賀論文は、米国の調停が失敗し、英軍が本格的な上陸作戦を開始した時期に書かれた。英国の断固たる行動を支持し、態度を決めかねていた当時の鈴木善幸内閣にも、米国やEC諸国にならって英国を支持するよう求めた。

 気賀氏は戦後日本が北方領土や竹島を外国に不法占拠されたまま、取り返す力も意欲も喪失してしまったと憂え、不当な侵略に対して防衛する用意と気力の大切さを訴えた。中国が尖閣諸島奪取を狙って動き出した今日の危機的状況を予測していたかのような正論だ。(石)


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