2015年7月25日土曜日

台風予報円はなぜ出来たか?(1)予報官達の苦労 「扇形表示」から「予報円表示」へ


饒村曜 | 気象予報士/青山学院大学・静岡大学非常勤講師

7月24日15時の台風12号の進路予報

台風12号が南西諸島に接近し、沖縄本島には明日早朝には予報円がかかって台風の中心が接近する可能性が高いことを示しています。いまでは予報円が当たり前のように使われていますが、この予報円を36年前に作ったのは私です。
気象庁では、予報円を作るなど本業である防災情報改善などのかたわら、ちょっとした知恵があれば被害が軽減できるのではと感じ、テレビ出演や取材対応、わかりやすい著作などを積み重ねてきましたが、今後、各種防災情報の成立過程やその効果的な利用法などを発してゆきたいと考えています。

何とか進行方向だけでも当てようとした戦後の台風予報

実は台風予報円が最初に使われたのは1982年6月の台風5号からです。戦後の日本は、大きな台風災害が相次ぎ、死者が4桁(1, 000名以上)の大惨事となるのが珍しくありませんでした。それを何とか減らせないかと予測の上でも様々な努力がなされてきました。
台風の扇形表示
台風の扇形表示
たとえば台風予報の扇形表示もその1つです。台風の24時間先予報において、気象庁では、台風の進行方向だけでも予報しようと、1981年までの約30年間、誤差幅をつけた「扇形表示(進行速度は難しいので一本の線上に表示)」を使っていました。第二次大戦後の相次ぐ台風災害の中で、予報精度が非常に悪くても、何とか進行方向だけでも正しい予報を出して防災に役立てようとする当時の予報官達の苦労の結晶が「扇形表示」です。
しかし、最初から大きな欠点を持っていました。それは、予報誤差には、進行方向と進行速度の2種類があるのですが、扇形表示ではその形から、進行方向の誤差が全くないかのような印象を与え、「台風はまだ来ないだろう」と人々に誤った判断をさせてしまったことです。
図1 台風の進路誤差を端的な数字で表す2つの方法
図1 台風の進路誤差を端的な数字で表す2つの方法

扇形表示から予報円表示へ

そこで考えられたのが、「予報円」を用いた表示方法です。台風の予報誤差には,進行方向と進行速度の2種類がありますが、多くの例で調査すると,両方の誤差がはぼ等しくモデル図(図1)の様に予報位置を中心とした分布となっています。精度の良い予報になればなるほど予報位置の回りに集中した分布となり、精度の悪い予報ほど周辺部にも広がっている分布となります。予報の精度を簡単に表すには,この予報位置のよわりにどれ位集中してくるかということを示せば良いのですが、これには2通りの方法があります。一つは一定の割合が含まれる円の大小で表わす方法(図1のA:ここでは70%が入る円の大きさ)で,もう一つは,予報位置の回りに一定の大きさの円を描き,この円内にどれくらいの予報が含まれているかで表わす方法(図1のB:ここでは150kmの円内に入る割合)です。
気象庁の発表する予報円表示の予報円は,表示の簡明さ、情報伝達のわかりやすさ等を考え合わせ、前者の方法、つまり、円の中に70%の予報が入るということで半径を決めた予報円を採用しています(採用当初は60%でしたが、すぐに70%に引き上げられました)。
このため、予報円の半径は、ほぼ台風の進路予報誤差の平均に対応しています。

台風12号の72時間予報(72時間後には暴風警戒域がなくなる)
では、第二次大戦後の相次ぐ台風災害の中で、予報精度が非常に悪くても、何とか進行方向だけでも正しい予報を出して防災に役立てようとする当時の予報官達の苦労の結晶が「扇形表示」で、扇形表示が最初から持っていた進行方向の誤差が全くないかのような印象を与えるという欠点を改善したのは「予報円表示」という説明をしました。
しかし、「予報円表示」は、すんなり世の中に受け入れられたわけではありません。台風予報の表示方式がそれまでの扇形表示から予報円表示に変わると、今度は台風の強さを表す表示がないため、予報円の大きな台風が強い台風であるとの誤解が生じてしまいました。このため、新たな改善が求められ、誕生したのが予報円と組み合わせた暴風警戒域です。

予報円と暴風警戒域の組み合わせ

図2 昭和60年8月30日9時の台風予報図
図2 昭和60年8月30日9時の台風予報図
1985年8月末に台風13号が九州に、台風14号が関東に接近したとき、マスコミ等で大きく取り上げられたのは、台風14号でした。しかし、実際に勢力が強く、大きな被害をもたらしたのは、台風13号でした。そのときの反省から、報道のしやすさも視野に入れ、「暴風警戒域(台風の中心が予報円内に進んだ場合に暴風域に入る可能性がある範囲)」という現在も用いられている台風進路予報の表示方法が考えられました。現在の暴風警戒域は、予報した時刻に暴風域に入る範囲を示す円ではなく、ある時刻に暴風域に入るすべての範囲を囲む線に変わっていますが基本は同じです。
予報技術としては同じであっても、表示の方法によって、利用者の受け取り方が大きく違います。図2は、1985年の台風13号と台風14号の24時間予報をもとに予報図を3種類で表したものです。「扇形表示」のAでは台風13号の中心が早ければどのあたりまでくるかはわかりませんが、「予報円表示」のBでは、早ければ有明海の入り口に台風中心がくることがわかります。
暴風域と暴風警戒域が表示されているCでは、Bで得られる情報に加え、台風13号は台風14号より勢力が強いこと、24時間後には有明海全体が暴風域に入っている可能性が高いということがわかります。

予報円はだんだん小さくなる

こうして台風予報円は少しずつ進化し、現在では5日先までの予報円が示されるまでになりました。
台風の進路予報は、自然要因の変動がありますが、予報技術の改善により確実に向上しています。台風の予報円表示が始まったのは24時間予報は昭和57年から、48時間予報は平成元年から、72時間予報は平成9年から、4日予報と5日予報は平成11年からですが、確実に向上しており(図3)、これに伴って予報円も小さくなっています。
図3 気象庁が発表した台風進路予報の平均誤差(気象庁HPより)
図3 気象庁が発表した台風進路予報の平均誤差(気象庁HPより)
予報円は小さくなり、昔に比べれば台風被害が少なくなっているといっても、残念ながら被害が発生しています。台風は南の海上からやってきますので、不意打ちはありません。台風情報を正しく理解することが、台風被害、特に台風の人的被害を0にする第一歩です。
出典:図2の出典:饒村曜(1993)、続・台風物語、日本気象協会。
饒村曜
気象予報士/青山学院大学・静岡大学非常勤講師
1951年新潟県生まれ。新潟大学理卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。現在は青山学院大学と静岡大学の非常勤講師で、減災コンサルタント。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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