2013年9月16日月曜日

流刑地シベリアをめぐる壮大な悲劇

 シベリアが地図上の名称としてはじめて記録されたのは1407年で、シベリア征服の遠征軍が組織されたのは1578年。モスクワ公国のイヴァン4世(イヴァン雷帝)が、“タタールのくびき”と呼ばれたモンゴルの支配を打ち破ってロシアを統一した直後だった。それから15年後の1593年には、早くも受刑者の強制移住が行なわれたという。

 当時はコロンブスがアメリカ大陸を“発見”してからおよそ1世紀で、西ヨーロッパ各国からの移民が本格化した時期だった。“新大陸”は当初、新天地を求めた移住というより、犯罪者の流刑地として使われていた。イギリスによるオーストラリア開発が本格化するのは18世紀後半だが、これはアメリカの独立により流刑地がなくなり、国内の監獄が満員になったためだ。監獄が近代的な更正施設になる前は、どの国でも犯罪者はもっとも安価な労働力だった。ロシアにとっての“新大陸”は豊富な地下資源の眠るシベリアで、そこに強制労働収容所がつくられ犯罪者が送り込まれたのは必然だった。

● 19世紀以降、急増したシベリア流刑

 それでも18世紀までは、シベリアに送られる犯罪者の数は年間2000人程度だった。だが19世紀になると、ナポレオンのロシア遠征によって西ヨーロッパの自由主義(近代主義)に触れた知識人を中心に、旧態依然とした農奴制や帝政への批判が起こるようになる。その結果、大量の政治犯がシベリアに流されるようになり、その数は年間2万人、累計で200万人を超えるまでに膨らんだ。

 ドストエフスキーの『罪と罰』では、金貸しの老婆を殺したラスコーリニコフはシベリア流刑となり、そのあとを娼婦のソーニャが追う。そのドストエフスキー自身も社会主義者として逮捕、死刑判決を受け、皇帝の特赦によってシベリアに流され、その体験をもとに『死の家の記録』を書いている。

 トルイストイの『復活』では、無実の罪でシベリアに送られた女囚カチューシャを追うネフリュードフ公爵の贖罪の旅が描かれている。劇作家とした成功し文壇の寵児となったチェーホフは、30歳のときに周囲の反対を押し切って長期のシベリア取材を敢行し、最果ての流刑地であったサハリン(樺太)を訪れ、『サハリン島』というノンフィクションを書いた。このようにシベリアは、一貫して19世紀ロシア文学の重要な背景だった。

 20世紀に入るとロシアの帝政はますます混迷し、社会変革への期待が盛り上がってくる。その先導者となったレーニンもトロツキーもスターリンも、革命の指導者たちの多くがシベリア流刑を経験している。

 1917年の10月革命で世界初の社会主義国家、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が成立すると、2年後には「強制労働収容所に関する法令」が発布され、帝政時代の貴族や政府の高官、反革命軍参加者、各宗派の修道僧、ネップ(新経済政策)時代の個人企業家、旧インテリ階級などが大量にシベリアに送られた。

 1924年にレーニンが死ぬと、権力を掌握したスターリンは最大のライバルであるトロツキーをソ連から追放するとともに、徹底した粛清に乗り出した。とりわけ1934年のキーロフ(レニングラード・ソビエト議長)の暗殺を契機に共産党の古参幹部を軒並み逮捕・処刑した大粛清では2年間に135万人が即決裁判で有罪にされ、その半数が死刑判決を受け、残りの半数が強制収容所に送られた(キーロフ暗殺は現在ではスターリンの謀略とされている)。

● 強制収容所は人種の博覧会状態

 1939年9月にドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まると、ソ連は東からポーランドに攻め入り、独ソ不可侵条約によってポーランドの東半分を占領するとともに、ポーランドの軍人や旧指導層の多くをシベリアに連行した。

 さらにソ連は11月、フィンランドに相互援助条約の締結を拒否されると宣戦布告もなくフィンランドに侵攻し(冬戦争)、国土の11%をソ連に割譲させた。この戦争で捕らえられたフィンランド軍の捕虜もシベリアに送られた。

 1940年6月、ソ連はバルト三国のリトアニア、ラトビア、エストニアを併合した。これらの国の住民も片っ端から逮捕され、強制移住を加えるとソ連に連行された数は10万人を超えるとされる。また同年、ルーマニアに侵攻したソ連はベッサラビアと北ブコビナを獲得したが、この地域の反共産主義者、民族主義者もシベリア送りとなった。

 1941年にドイツがソ連に侵攻すると、ソ連領内に居住するドイツ移民はすべて強制労働収容所に送られた。さらにユダヤ人も「敵性国民」としてほとんどがシベリアに連行された。

 次いで、ドイツに奪われた領土を奪還していく過程で、ウクライナなど一時的にドイツの占領下にあった地域の住民が続々と逮捕された。積極的にドイツ軍に協力した者はもちろん、ドイツ人とすこしでも接触した者は「消極的反逆」あるいは「ドイツ軍との協力」として軍法会議にかけられ、生活のためにやむなくドイツ兵のために洗濯をしたり、炊事場で働いた婦女子も犯罪者として重労働を宣告されたという。

 戦争が終わると、ポーランド、東ドイツ、ルーマニア、ハンガリーなどソ連軍の占領した東ヨーロッパ諸国から「反ソ行為」などを理由に大量の逮捕者がシベリアに連れ去られた。また1956年のハンガリー動乱でも、1万6000人以上のハンガリー人がソ連に連行されたといわれている。

 ソ連領内に侵攻して捕虜になったドイツ兵も、当然のことながら全員がシベリアに送られた。抑留されたドイツ兵は350万人を超えるといわれるが、懲罰の対象とされた彼らの置かれた環境は劣悪そのもので、収容者の9割が死亡したところもあった。日本兵のシベリア抑留は、スターリンにとってはこうした軍事捕虜の一類型でしかなかった。

 シベリアの強制労働収容所はまるで人種の博覧会だった。ドイツ、中・東欧の国民やユダヤ人を中心に、英、米、仏、伊、さらにはヨーロッパの西端のスペイン人までいたという。彼らは1936~39年のスペイン内戦の生き残りで、民主化を求めた人民戦線の兵士だった。フランコ軍に破れ、希望を胸に新生活を求めてソ連に亡命したとたんにシベリアに送られてしまったのだ。

● ロシア人も大量にシベリア送りに

 もちろんロシア人自身も、スターリンの魔の手から逃れることはできなかった。

 ロシア革命後、海外に亡命していた白系ロシア人は、ソ連が占領した地域では全員が本国に移送され、強制労働収容所に送られた。満州には10万人あまりの白系ロシア人が住んでいたとされるが、彼らもまた日本兵と同じくシベリア行きの列車に乗せられたのだ。

 さらに悲惨なのはドイツ軍の捕虜となっていたソ連兵で、彼らは戦争が終わると軍楽隊に迎えられて祖国の土を踏んだものの、ただちに逮捕されてシベリア送りとなった。「資本主義の生活環境に毒された人間の思想を改造すること」がその目的だったという。スターリンは、西側と接触した人間のすべてを潜在的な敵と見なしたのだ。

 日常生活が戻っても、恐怖はずっとつきまとった。それぞれの企業には「反ソ行為」を取り締まるためのノルマが課せられており、工場に遅刻するとサボタージュと見なされ、3回の遅刻でシベリア送りにされることもあったという。このようにして、「ソ連は三つの民族に分かれている。現在監獄にいる者、過去において監獄生活をした者、そして将来監獄に入れられであろう者」という自虐的な小噺が生まれた。

 抑留者たちの手記によると、シベリア最大の都市であったハバロフスクでは夕方ほぼ同じ時間に仕事が終わるので、工場から収容所に帰る男や女の囚人たちの列で大通りが埋まるほどだったという。これはシベリアの他の都市も同じで、どこも捕虜と囚人が溢れていた。

 もちろん街には一般人も暮らしていたが、彼らもその多くが元流刑者かその家族だった。

 政治犯の場合、刑期が終わっても居住制限がつけられ、モスクワやレニングラード(サンクトペテルブルク)に戻ることが許されなかった。これがひとつの理由だが、さらに多いのは、自由の身となった流刑者自身が帰郷を断念したケースだ。

 第2世界大戦後、ドイツとの戦場になった地域では深刻な食糧難と飢饉が発生した。それに比べれば石炭などを産出するシベリアの流刑都市の方がはるかに生活に余裕があった。そのため故郷から家族を呼び寄せ、自由民として囚人とともに炭鉱で働いたり、技能を活かして食堂や洋服店を開くなどした元流刑者がたくさんいたのだ。

 シベリア流刑の規模がどの程度かは諸説あるが、多くの研究者は1500万~2500万人と推定している。これは当時のソ連の人口の20%ちかいすさまじい数だ。

 ハバロフクスやウラジオストクなどシベリアの町を訪れた旅行者は、ヨーロッパのような街並みとともに、その人種の多様さに驚くだろう。その背景には、このような歴史が隠されているのだ。

*シベリア流刑の歴史については若槻泰雄『シベリア捕虜収容所』(サイマル出版会)を参考にした。

2013年9月2日月曜日

因数分解

1、共通因数でくくる
2、因数分解の公式の利用
3、たすきがけ
4、次数の一番低い文字について、降べきの順に整理する

2013年8月23日金曜日

自由研究2013 参考資料、参考web

流れのふしぎ 遊んでわかる流体力学のABC、日本機械学会、石綿良三、根本光正

絵とき 「流体力学」 基礎のきそ、久保田浪之介

図解入門 よくわかる航空力学の基本―飛行機が飛ぶ原理と仕組み、飯野明





基礎科学研究所、松田卓也ブログ、「翼の揚力を巡る誤概念と都市伝説」
http://jein.jp/jifs.html

「紙ブーメランを飛ばそう! 」、大阪経済大学教授 西山 豊
http://www.kbn3.com/bip/data/Japanese.pdf

日本ブーメラン協会
http://www.jba-hp.jp/jba.html

おもしろ理科実験 「ブーメラン」
http://homepage2.nifty.com/pascal/jtool05.html






宇宙・地球・人類
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/nanimono-hyoushi.htm

2013年8月7日水曜日

ジブラルタル帰属問題


1713年のユトレヒト条約以降イギリスが統治を続けているジブラルタルだが、スペインは今も返還を求めている。ジブラルタルはヨーロッパに残る最後の「植民地」であり[6]、また係争当事国がいずれもEU加盟国である点、係争が300年もの長きにわたっている点で、世界の領土問題のなかでも異色の存在と言える[6]。
スペインの基本的見解は、ユトレヒト条約第10条はジブラルタルの町、城、それに付随する港、要塞の所有と軍事利用をイギリスに認めたに過ぎず、主権はスペインに残っているというものである[1]。スペインにとってジブラルタルは長らく「スペインの靴の中に入ったペニョン(岩山)」となっている[6]。しかし返還を求めるスペインの主張は、モロッコのセウタなど自らの植民地所有と矛盾するものでもある[9]。一方、現在のイギリス統治が住民から圧倒的支持を受けていることは1967年9月の住民投票から明らかであるが[2][5]、同年12月に国連の非植民地化委員会(英語版)はイギリスのジブラルタル領有を植民地主義的だとして返還を促す決議を採択している[2][9]。
1704年のイギリスによるジブラルタル占領以降、スペインはジブラルタルを武力で奪回すべく1705年、1727年、1783年に包囲戦をしかけたが、いずれも失敗した[1]。またその後の外交による交渉も全て不首尾に終わった[1]。19世紀後半以降、スペインの国力が衰えている時期にイギリスは国境を北へ押し上げる行動に出た[6]。最終的にこれはスペイン本土との間に非武装中立地帯を設けることで落ち着いたが、ここの境界線の画定は今も棚上げされた状態である[6]。

2013年7月16日火曜日

職業について、国語作文、下書き


私たちは日本に住んでいるため、義務教育がちゃんと守られていて当たり前のように学校に行けます。
私の義務教育もあと1年です。もうすぐ終わってしまいます。
この1段落を書いているときに頭の中を廻っていたものは、
「そういえば義務教育が終わった後ってどうすればいいんだ? やりたい職業など考えていないから、
どうしたらいいのか分らない・・・」という懸念でした。
実はこの一節にかいたとおり、私は、自分の職業について、あまり考えたことはありません。
考えたことがないのです。社会に出るということは、自分の仕事を決めるということです。私は今まで
に自分の未来を真剣に考えたことがありません。
しかし、義務教育で社会に出るための土台を築いたのですからあとは自分の希望に沿って自由に進路を
選べばよいのです。そこで今回はある3つの職業について、どういう進路をたどっていけばいい
のか、調べてみることにしました。勉強することがこんなふうに将来とつながっていくだなんて、
思ってもみませんでした。私の未来の職業にはまだまだいろいろな可能性があります。
職業は、
「自分はこれが得意だからこれに関係した職業はないかな。」
というふうに探すのではなく、自分の未来は限りない可能性を秘めているのだからと思って興味の
ある仕事に向かって、それに必要なものを勉強していくことが大切ではないかと思います。



「進路図」おもしろデータファイルより

2013年5月9日木曜日

Thank You for Not Sharing 「話さないでくれて、ありがとう」


After arguing with her husband one Sunday, Vasavi Kumar was so upset that she called up her mom, her dad, her sister and three of her closest friends. "This is it," she told each one. "He is never going to understand me. I am getting a divorce."

 バサービ・クマールさん(30)はある日曜日、夫と口論した後、あまりにも腹が立っていたので、両親と姉妹の1人、3人の親友に電話をかけた。その1人1人に、「もうおしまい」と話し、「決して私のことを理解してくれることはない。離婚する」と伝えた。

Guess what happened the next day. Ms. Kumar and her husband made up. They said they were sorry, hugged and agreed to put the argument behind them. Yet Ms. Kumar, a 30-year-old life coach and social worker in Overland Park, Kan., still had some more apologizing to do—to six other people. "I dropped a bomb on everyone, but I was now fine and dandy," she says. "I had to go clean it up."

 その翌日、何が起きたか想像してほしい。クマールさんは夫と仲直りした。お互いにすまないと思っていると語り、抱擁し、口論については忘れるということで折り合いがついた。しかし、米カンザス州在住のライフ・コーチでソーシャルワーカーのクマールさんの謝罪はそれで終わりではなかった。他の6人にも謝る必要があった。「みんなに爆弾発言をしたが、今はもう大丈夫。気分は上々だった」とクマールさん。「後片付けをしなければならなかった」と。

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Ben Sanders
We tend to overshare when we try to overcome our own anxiety about what the other person is thinking.

他人が自分についてどう考えるかに関する不安を克服しようとする時に人はしゃべり過ぎる傾向がある


Too Much Information: Avoid It, Recover From It

1. Recognize situations where you might overshare. You might be eager to make a good impression or nervous about what others think of you.

2. Before revealing information, ask yourself, "Does the listener have time to listen? Is he or she emotionally available at this time?"

3. Will sharing, rather than relieve anxiety, make you feel more anxious? Then don't.

4. Imagine the negative effects of oversharing and the regret you might feel afterward.

If you have overshared...

1. Think twice about revisiting the topic with the listener. He or she will probably forget about it if you don't drag out the awkwardness.

2. If you must return to the subject, keep it brief.

3. Your message is an apology. Don't seek approval. State your apology in as few words as possible and move on.

Sources: Sharon Gilchrest O'Neill, Hal Shorey

Ever share too much information—and you weren't even tipsy? I call it BYB—Blabbing Your Business. It's happening a lot these days thanks to reality TV and social media sites, where it's perfectly normal for people to share every single detail of their lives, no matter how mundane or personal. In the culture we live in, it's hard to remember that some things should be private.

 情報を共有しすぎることはないだろうか。しかも、酔ってさえいないのに。私はこれをBYB(Blabbing Your Business=自分の問題についてベラベラしゃべる)と呼んでいる。テレビのリアリティ番組やソーシャル・ネットワーク・サイト(SNS)のおかげで最近はこうしたことが多く起こっている。リアリティ番組やSNSでは、どれほど平凡で個人的なことであっても人生の全詳細を他人と共有することが全く日常となっている。米国の文化では、一部の事柄は人に伝えずにおくべきだということを忘れがちだ。

It isn't all Facebook's FB +0.86% fault. Experts say oversharing often happens when we are trying subconsciously to control our own anxiety. This effort is known as "self regulation" and here is how it works: When having a conversation, we can use up a lot of mental energy trying to manage the other person's impression of us. We try to look smart, witty and interesting, but the effort required to do this leaves less brain power to filter what we say and to whom.

 すべてがフェイスブックのせいではない。無意識のうちに不安をコントロールしようとしているときにしばしば情報の共有のし過ぎが起こると専門家らは説明する。こうした努力は「自己規制」として知られており、どういう仕組みになっているかは以下の通りだ。会話をしている時、われわれは相手の自分に対する印象を管理しようと多くの精神的なエネルギーを使い果たす場合がある。賢くてユーモアがあり、面白いと見せようとするが、これに必要な努力のために、何を誰に話すかを選別する脳の力が弱まることになる。

This explains why people often blurt out embarrassing things to precisely the people they want to impress most, whether it's the boss, a first date or a future in-law.

Consider this scenario: Your boss walks by and doesn't make eye contact. You feel uneasy and think of something you need to discuss with him or her. "If you are psychologically aware, you will realize you are feeling anxious and picking up rejection cues," says Hal Shorey, a psychologist and assistant professor for the Institute for Graduate Clinical Psychology at Widener University in Chester, Pa. "You're trying to reestablish connection."

 上司や初デートの相手、将来の義理の親戚など、まさに最も良い印象を与えたいと思う人々に、なぜ恥ずかしいことを話してしまうことが多々あるのかはこれで説明が付くだろう。例えばこのシナリオを考えてみてほしい。上司が通りかかって目線を合わせない。あなたは不安になり、上司と話し合う必要のあることを考える。心理学者で、ペンシルベニア州のウィディーンアー大学インスティテュート・フォー・グラジュエート・クリニカル・サイコロジーの准教授であるハル・ショーリー氏は、「あなたは不安を感じ、拒絶の合図を感じていることを認識する。そこで関係の再構築を試みる」と話す。

Does this work? Of course not. We often regret our disclosures, feel like an idiot—and then worry even more about what the listener is thinking. We may feel compelled to "fix" the situation, leading to—you guessed it—even more blabbing. It's a cruel downward spiral.

 これはもちろん、うまくいかない。われわれは情報共有をしばしば後悔し、間抜けに感じ、その上、聞いた人がどう感じるかについてさらに懸念することになる。状況を修復しなければいけないかのように感じるかもしれず、さらなるしゃべり過ぎにつながる。これは悪循環だ。

I know I'm not the only person who over-shares. I got the idea for this column after three people in one week said these terrifying words to me, "I want to tell you something I've never told anyone—not my spouse, my therapist, or my best friend."

 余計なことまで共有し過ぎるのは私だけでないことは分かっている。1週間に3人が「配偶者にもセラピストにも親友にも、誰にも言ったことがないことをお話したい」という恐るべき言葉を発したのを聞いて、このコラムのアイデアを思い付いた。

Still, some people by nature blab more than others. They tend to be individuals with an anxious or "preoccupied" attachment style according to attachment theory, which psychologists developed starting in the mid-1900s. Our attachment system is the evolutionary byproduct of a process humans developed to stay alive, Dr. Shorey says. Attachment style is partly genetic, but it also is determined in part by how our parents related to us as young children.

 しかし、一部の人々は他の人と比べて生まれつきもっとおしゃべりだ。心理学者が1900年代半ばごろ開発した愛着理論によると、こうした人々は「没頭した」愛着スタイルを持っている傾向がある。ショーリー博士によると、われわれの愛着システムは人間が生き残るために発達させたプロセスの進化の副産物だ。愛着スタイルは一部には遺伝子に関するものだが、また、部分的にはわれわれが幼い子供の頃の両親による関わり方によっても決まってくる。

There are three basic attachment types: Secure, anxious and avoidant. Secure people, roughly 55% of the population, had parents who were consistently caring and responsive; these people are typically loving and comfortable with intimacy. The other 45% have an attachment style that is more problematic—either anxious, avoidant or some combination.

 基本的には3つの愛着タイプが存在する。安心したタイプと不安なタイプ、そして回避的なタイプだ。安心したタイプ(人口の約55%)は、常に面倒見がよく、敏感に反応する両親に育てられた。こうした人々はたいてい愛情深く、親密さを心地よく感じている。他の45%はこれよりも問題をはらんだ愛着スタイルを有している。つまり、不安や回避的、あるいはその組み合わせだ。

Avoidant people, about 15% of the population, try to minimize closeness. Their parents typically were withholding or unresponsive. These folks aren't your blabbers. In fact, in interviews to determine personality type, therapists consider short, concise answers to be a marker of an avoidant attachment style.

 人口の約15%に相当する回避的タイプは親密さを極力避けようとする。こうした人々の両親は通常、控え気味だったり無反応だったはずだ。こうした人々はベラベラしゃべるタイプではない。実際、個性のタイプを判断するためのインタビューでは、セラピストは短く簡潔な回答を回避的な愛着スタイルのしるしだとみなす。

Long, drawn-out answers typically indicate an anxious type. Anxious people, who make up roughly 15% of the population, typically had parents who were inconsistently nurturing. They are overly sensitive to social cues and prone to overmanaging their personal connections. (The other 15% are a combination.)

 長くて退屈なほどの回答は通常、不安なタイプを示唆している。不安なタイプ(人口の約15%)の両親は通常、子育てが一貫していなかったことが多い。こうした人々は社会的な合図に過剰に敏感で、人とのつながりを過剰に管理する傾向がある。(他の15%は混合タイプになる)

Of course, we all have our own bursting point, when under emotional stress we can no longer contain ourselves, says Sharon Gilchrest O'Neill, a Mount Kisco, N.Y., marriage and family therapist. "They think, 'Oh God, does that feel good to talk,' " she says. "But they're definitely not thinking of the other person and this may hurt their relationship."

 ニューヨーク州の夫婦・家族向けセラピスト、シャロン・ギルチレスト・オニール氏によると、もちろん、われわれは誰にも、抑えきれなくなる時がある。感情的なストレスのために自分を抑制できなくなる時だという。同氏は「こうした時、人々は『しゃべるのは気持ちがいい』と考える」と話す。その上で、「しかし、こういう時、人々は明らかに相手のことは考えておらず、このために関係が損なわれかねない」と続ける。

The real trouble starts when you share information that isn't really yours to share. In her therapy practice, Ms. O'Neill says she regularly sees people who tell someone about their own marital problems, or a divorce or separation before it actually happens. Another common scenario involves mothers sharing information about their daughters. In all these cases, she says, "it usually comes back to haunt them."

 実際、自分が共有すべきではない情報を共有する時に、まさに問題が生じる。オニール氏は自身のセラピーでは、実際に起こる前に、自分の夫婦間の問題や離婚や別居について誰かに話す人々がよくいると語る。またもう1つのよくあるシナリオは、娘について母親が情報を共有するというものだ。オニール氏は、こうした場合、「通常、後で問題になる」と語る。

So how do you stop yourself from blabbing too much? Do what your mother said: Stop and think before you open your mouth. "Go through the process in your mind where you walk through the ultimate effects of sharing," Ms. O'Neill says.

 では、どうすれば、しゃべり過ぎを抑えることができるのか。母親に教わったことをやりなさい。つまり、口を開く前に立ち止まって考えるのだ。

These are specific questions you should ask yourself, Dr. Shorey says. "Does my listener have time right now—and is he or she emotionally available to listen?" "Will your blabbing relieve your anxiety—or make it worse?" "In other words," Dr. Shorey says, "you can probably anticipate worrying that your boss will think you're an idiot for oversharing if you just take the time to think about it."

 また、ショーリー博士は、以下のような特定の質問を自問すべきだと述べる。「私の話の聞き手は今、時間があるか。また、聞き手は話を聞く感情的な余裕があるのか」、「ベラベラしゃべることで不安は軽減されるのか。それとも悪化するか」、「言い換えれば、ちょっと考えてみれば、あなたの上司はあなたが話し過ぎるのは馬鹿げていると考えるのではないかと心配することがおそらく予想できるだろう」

If you should find that you said too much, how do you recover? Most people think it's a good idea to go back and apologize. Most often, though, it isn't. "When I work with people in my office, I try to help them think through what the consequences will be," Ms. O'Neill says. "Will there be a boomerang effect?"

 話し過ぎたと感じる場合には、どうすればいいか。大半の人々は戻って謝るのがいいと考える。しかし、多くの場合、そうではない。オニール氏は「自分のオフィスでは結果がどうなるかを考え抜くよう手助けすることに努める」と話す。

If you decide your listener has fundamentally changed the way he or she sees you, then apologize, but keep it short and low-key. "You should say, 'Listen, I don't want to make a big deal of this, but I want you to know I embarrassed myself and this isn't like me,' " Ms. O'Neill says. "And leave it at that."

 聞き手があなたに対する見方を基本的に変えたと考える場合には謝ったほうがいい。短く控えめに。オニール氏は、「『大ごとにはしたくないが、恥ずかしいと思っていて、いつもはこうじゃない』と言うべきだ」と助言する。さらに、「それだけにすべきだ」と。

Ms. Kumar recalls she was always an oversharer. Her childhood nickname was "Loose Lips." "I did it primarily as a way to connect with people, to get them to like me," she says.

 クマールさんは、自分は常にしゃべり過ぎるほうだったと思いだす。彼女の子供のころのニックネームは「おしゃべり」だった。彼女は「主に、人々とつながりを持ち、好かれるための方法としてしゃべっていた」と語る。

When she called her father to apologize for telling him prematurely that she was getting a divorce, he started to cry. "He said, 'I just can't take this anymore. I am getting too old. I am taking blood-pressure medication. I have a nervous breakdown every time I see your name come up on the phone.' "

 父親に電話して、離婚すると話したのは早まり過ぎたと謝罪すると、父親は泣き出した。「父親には『もうこんな思いはしたくない。あまりにも年をとり過ぎている。血圧の薬を飲んでいる。電話にお前の名前が表示されるたびに、神経が参る』と言われた」とクマールさん。

These days, Ms. Kumar says before speaking she asks herself, "Why am I sharing this with this specific person? What am I looking for here?"

 クマールさんは最近、しゃべる前に自問するようにしている。「なぜこのことについてこの人に伝えようとしているのか。何が目的か」

"Otherwise, it's almost like you've spilled this debris over people's lives, telling them your stuff," she says. "And then you have to go back and clean up the mess you created."

 「そうでもしなければ、自分のことを話して、この瓦礫を人々の人生にまき散らすようなものだ。そして今度は自分が作り出したゴミを掃除しなければならない」



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Ever shared too much information—and you weren’t even tipsy? Bonds columnist Elizabeth Bernstein joins Lunch Break with a look at why we over-share, and how to control the impulse. Photo: Getty Images.


2013年5月8日水曜日

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい


『まおゆう』を読めば、著者・橙乃ままれさんの広範な知識に驚かされる。中世~近代のヨーロッパ経済史、技術史、文化史、思想史、軍略……これらすべてに精通していなければ、この作品は書けなかった。一朝一夕で身につくものではない。知識は、息するように吸収し、血液のように絶えず自分の中を循環させておかなければいけない。

いわゆる「ビジネスパーソン」と呼ばれる人々は、知識を軽視しがちだ。問題を効率的に解決する方法や、アイディアの出し方……マニュアル化された「頭の使い方」をマスターすることに夢中で、知識の蓄積を後回しにしがちなようである。頭の使い方さえ身につけていれば、知識は必要になったときにキャッチアップすればいい、キャッチアップできると信じて疑わない。ビジネスの世界で求められる知識とは、つまり、その程度の浅いもので充分なのかもしれない。

ところが、文章を書くとなれば話は別だ。

人は頭で理解しただけでは行動を変えない。人が行動を変えるのは、心が動いたときだけだ。読んだ人を行動させることができなくて、なにが文章屋だ。誰かの人生を変えることができない文章に価値はない。

人を引きつける文章、誰かの心に響く文章。そういう文章を書くためには、たくさんのひきだしから多彩な知識を取り出さなければいけない。そして、そういう知識は短期間では身につかないのだ。

すぐには役立たない知識を、毎日1ページずつ蓄積していったとする。1年で単行本一冊分になり、10年で辞書一冊分になる。三島由紀夫の愛読書は国語辞典だったというが、彼は非凡な天才だ。さて、凡人たる私たちは辞書を頭から読んでいって、内容を丸暗記できるだろうか?

知識を身につけるとは、本来、そういうことだ。数十年後に百科事典一式に匹敵する情報を身につけるために、毎日少しずつ知識を蓄積していかなければいけないのだ。そうやって体に刻み込んだ知識は、一週間やそこらでキャッチアップできるような種類のものではなくなる。



自分のなかにある情報だけで文章を書こうとすれば、経験に基づいた私小説的なものしか書けない。そして、経験はすぐに枯渇する。インプットがない状態では、恒常的に文章を書き続けるのは不可能だ。ゼロを1にするスタイルでは、すぐに終わりがくる。本当に必要なのは、100を1にまとめる能力だ。



たとえば藤子・F・不二雄は、次のような言葉を残しているという:


よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、私の持っている漫画観は全く逆です。

人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。

それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか? 近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・どの家の冷蔵庫も然して変わりません。

多くの『人並に人生を送った漫画家達』は「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。

しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。

人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。全てはそこから始まる。

その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。ここから可能性は無限に広がるのです。

私はそういう人が描いた漫画を支持したい。卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい。


(※ソース不明)



人の感情に触れることができなくて、なんのための文章だろう。すべての単語、すべての文に論理性と情緒性の二面がある。論理面だけで文章を評価するのは、燃費だけで自動車を評価するようなもの。ドライブの楽しさをわかってない無粋な評価法だ。

言葉の持つ情緒面に注目し、細心の注意を払って配列を決めていく。この言葉を、この順番で読めば、読者はきっとこんな感情を抱くはずだ……と、予想しながらキーボードを叩く。文章を書くのは、読者の脳をプログラミングする作業だ。他人の書いたコードを研究しないプログラマはいない。他人の書いた文章を学ばずして、文章を書くのは不可能だ。



文章屋が仕事をしてるのは、キーボードを叩いてる時だけではない。

まず情報を集める段階がある。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり……知識と格闘する段階がある。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まである程度固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。文章屋がペンを握ったときには、もう作業の8割がたは終わっている。実際にキーボードを叩くのは、「文章を書く」という工程全体の5%ほどだ。

では、残りの15%は?:推敲と校正だ。

文章屋の仕事は、たぶん、そうでない人からすれば魔法のように見えるのだろう。キーボードをよどみなく叩いて、真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく。「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」なのだ。




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だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違うような気がする。寿司屋は寿司を握ってる瞬間しか仕事してないように見えるけど、「仕入れや鮮度管理もがんばってるの!」とは訴えない。

寿司屋は、寿司の味でしか評価されない。

文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。

そういうもんだよ。