ラベル 地理 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 地理 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年7月2日土曜日

池上彰氏の凄さと限界

池上氏関連のホッテントリがここ数日あがってたので、自分の思うところを書いてみる。
自分は一応、新卒で池上氏と同じ業界に就職(といっても、自分は紙媒体)し、記者という肩書をもらっていた経験がある。
7年ほど現場にいて、体壊して、ちょっと内勤の管理部門にいさせてもらったのだが、なんか、内側から会社を見ているうちにもともと、あんまり向いていなかったかな?と思っていた業界がさらに嫌になって転職して10年ちょっとになる。

普通、あの業界では、最初の何年か地方で修行して、いずれ東京や大阪に戻ってくるパターンが多いが、自分の就職先は、いわゆる経済紙で(ってもう社名明かしたようなもんだが)地方支局が貧弱な会社だった故、新卒が地方支局に行くという制度がなく、入社から退社まで東京で過ごした。


池上氏の凄さは、なんといっても、情報を取捨選択してわかりやすく伝えるプレゼン能力と、守備範囲の広さだと思う。
で、あれだけのことを伝えられるには、背後に相当の知識があるのであろうと思われている。
その「相当」がどの程度なのか、というと、たぶん、世間一般の人が想像するよりは、かなり浅くて、
けっこうぎりぎりのラインでしゃべっているのではないか、という気がする。それでももちろん、かなりのレベルではあるだろうが。
いわゆる大手のメディア企業の記者にまず最初に求められるのは、
「昨日聞きかじったばかりのことを、あたかも以前から詳しく知っているかのようにしゃべったり書いたりする能力」である。
なにしろ、日々、いろんなことが起こるのだ。
なかなか深堀している暇などない。
そうこうして、キャリアを積んでいくうちに、それぞれの専門分野ができていくわけだが、
大半の人は、きちっと専門分野を確立する前に、デスクや管理職になったりして、だんだんと現場から離れていく。
記者職としてキャリアを全うする人(編集委員とか論説委員とか解説委員とか)は少数派だ。

池上氏の経歴を見ると、NHKで地方局や通信部を回った後、東京の社会部で気象庁や文部省、宮内庁などを担当した、とある。
まあ社会部記者として一般的なコースという感じだ。
東京では、悪名高き日本の「記者クラブ」に所属し、最優遇される立場で、役人から懇切丁寧なレクを受けて、
それをニュース原稿に仕上げるのが、まず最初の基本的な仕事だったと推測する。
NHKの記者は特に、「特ダネ」を取ってくることよりも、「報道されるべき情報を落とさない」ことをなにより求められるらしいので、
多分、想像以上に、定例記者会見に出席したり、資料をチェックしたり、他社の報道を確認したり、
思いのほかルーティーンワークが多いのではないかと推測される。
(なお、NHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組は、主にディレクター職の人が担当しているので、
一つのテーマを深くじっくり追いかけるのは、あまり記者の仕事ではないらしい。
実は自分もNスぺ作りたくてディレクターを第一志望にしてNHK受けたのだが、見事に落ちた)


で、そんなに知識が深くなくても記者が務まるのかといえば、そこそこ務まる。
自分は、そのさして長くない記者のキャリアの大半を、メーカーを中心とした企業の取材で過ごしたのだが、
正直、最初は、「貸方」「借方」もよくわかってなかった。(大学は政治学選考だったし)

それでも、入門書片手に勉強しながら記事書いて何とかなっていたし、
そもそも「大手メディアの記者」が企業の広報部を訪ねると、結構いろいろ懇切丁寧に教えてくれるのである。
そりゃ、変な記事書かれたくないからね。
多分、NHKの記者というのも、それなりの対応を受けるはずである。
もちろん、伝えてほしいことは積極的かつ懇切丁寧に伝え、触れられたくないことは隠しながら、だが。
中には、「たいてい経験の浅い若手が担当する企業」というのがあって、そういう会社の古参の広報さんの中には
「今、編集委員の何々さんねえ、あの人が新人のころ、私がいろいろ教えてあげたものだよ、わっはっは」なんて言ってたりした。
もし、あなたの会社の広報部に、なんだか大学出たての記者ばっかりくるようだったら、
それは、メディアから軽んじられている証拠である。

もちろん、教わってばっかりでは舐められるので、こっちも勉強していくわけだが、
何しろこちらは早いと一年で担当が変わってしまうが、
相手はその会社一筋なわけで、知識の深さでは、敵わないのが通常だ。
知識を深めるのは、そこそこにしておいて、知らなくてもはったりかませる胆力をつけたほうが役に立つ。
そうこうしているうちに、正面から取材を申し込んだり、正規の記者会見に出席したり、
ニュースリリースを原稿に仕立て上げているばっかりでは通り一遍の記事しか書けず、
社内的にもマイナス点はつかないものの、プラス点がつけられることもないので、
独自に夜討ち朝駆け(アポなしで取材対象のところに押しかける)したり、独自ルート作ったりし始めるのである。
そんなことをしているうちに、自分のような、結局途中で業界を去ってしまうような木っ端記者でも、
ごくごくたまには、取材担当企業の株価をストップ安にしちゃうような記事を書くチャンスが巡ってくることもある。

まあでも、ぶっちゃけいえば、そこそこキャリアを積んでいる先輩の中でも
減価償却費が資金繰りにどういう影響を与えるのかよくわかっていないまま、
それでも企業の経営危機について記事を書いているような人はざらにいた。
(まあ、自分も経験積みながらようやくわかるようになったクチで、
当初はなんのことやらわからなかったのだから、偉そうなことは言えないが)
それでも、首にはなりはしない。


そういえば、思い出したことがある。
今の若い人にほ想像もつかないだろうが、その昔、世界のエレクトロニクス業界をリードし、
今でいえばappleと同じくらいのブランド力で各種製品を生み出していたSONYという会社があった(今もある)。
当時はまだまだ、かつての威光が残っていた。
自分は、そこのメイン担当になるほどの能力もキャリアもなかったが、
たまたま、SONYの会社が取り組んでいる内容が、自分の取材テーマに関わっていたことがあって
取材を申し込んだことがある。
いわゆるストレートニュースではなくて、連載コラムのような記事を書くためである。
で、SONYに行ってみて驚いた。
美人広報さんが、それまでの取材で見たことないような、
膨大でかつ、非常にわかりやすくまとまった資料をお持ち帰り用に用意していたのである。
なんかもう、取材しなくても、この資料テキトーにまとめたら記事書けちゃいそうな。
もちろん、そんな手抜き仕事をして相手の思うツボにはまってはいかんので、
きちんと担当者さんに話を聞いて、自分なりの記事を書いてみたのだが、
やっぱり資料に引きずられなかったかといえば、影響はあったわけで、
まあ、恐ろしい会社であった。
かつて「メイド・イン・ジャパン」の強さの象徴として流布されたSONY伝説は、
もちろん実力の部分もあったけれど、伝説を伝説たらしめようという広報戦略によって
かさを増されていた側面も多かったというのは、そこそこ業界で有名な話である。
なんだか、大分、話がそれた。


多分、池上氏は、NHKでそこそこの社会部記者だったのだろうと思われる。
そんな彼の経歴の中で異彩を放っているのは、そろそろ管理職か専門記者か、という分岐点にさしかかったあたりで
キャスターに転身し、その後10年以上にわたって「週刊こどもニュース」を担当していたことだろう。
(すごい優秀な記者と認められていたら、ここいらで、海外支局あたりで経験つんでいるはずである)
そこそこの取材経験を積んだ後で、
「衆議院と参議院って、どう違うのですか?」とか「比例代表制ってなんですか?」とか、
「どうして輸出が中心の企業は、円高ドル安になると困るんですか?」とか
あらためて、そういうレベルからニュースを解説する仕事を10年以上も続けたジャーナリストは、
少なくとも今の日本では皆無に等しいんではなかろうか?


普通、そこそこキャリアを積んだ記者は、あらためてそんな仕事をしたがらないし、
そもそも、そんなレベルことは、真っ当な社会人ならば学校で習っているはず、というのが日本社会の建前で、
読者や視聴者を、そんなこともわからないヤツらと想定して記事や番組を作っていたら、
ある意味、「お客様をバカにしている」ことにもなりかねない(と、みんな考えていたのだろうと思う)。
まあ実際、そのレベルで作ってみたら、予想以上に受けたわけだが。

「こども向け」の番組というフォーマットを得ることで、池上氏はそういう稀有な仕事を追及していった。
その結果、得たのが、あのたぐいまれなるプレゼン能力だと思うのだ。
多分、池上氏程度の知識や取材能力をもった記者は、NHKや全国紙にはゴロゴロしていると思う。
(自分のかつての勤め先でも、そこそこキャリアがあって、東京でそれなりに仕事している先輩は、皆さんそれなりに凄かった)
でも、その知識や取材結果を子供にわかるレベルでよどみなくしゃべれる人は、そうはいない。

池上氏のニュース解説番組をたまに拝見すると、自然災害のメカニズムから、最新の科学上の発見、日本の選挙から世界経済まで
あらゆる森羅万象を斬っておられるようである。
だが、自分が見る限り、その解説は一般紙や新書本で得られる知見を超えるものはほとんど見ない。
「いや、それは、視聴者に分かりやすいレベルにしているからで、その背後には物凄い知識が・・・」という見方もあるが、
果たしてどうだろうか?
多分、毎日6紙読むという新聞をベースに、ひたすら横に広くいろいろな情報を取り入れておられるように見える。
海外取材などの映像を見ることもあるが、どうも、テレビ局とコーディネータによるセッティングが透けて見えてしょうがない。
多分、その経歴からいっても、海外取材に独自のルートなどはそんなにお持ちではなさそうだ。
やはり、「あまり深くないレベルで次々とあらゆる分野に取り組んでいく」ことがこの人の真骨頂だと思う。
それが悪い、ということではなくて、それがこなせる凄さがある、ということである。

著書を読んでも(といっても、ほんの数冊目を通しただけだが)、たとえば同じNHK出身の元ワシントン支局長の手島龍一氏とか、
あるいは日経の元スター記者で週刊ニュース新書の田勢康弘氏の著書のような、深い取材と鋭い洞察に支えられた
凄みのようなものは感じられない。
そのかわり、入門書としてのわかりやすさはピカイチだ。
やはり、この人の存在価値は「広く入門レベルの知識を提供する」以上でも以下でもないのだろうと思う。
(なお、今、軽く検索してみたらどうやらニュース英語の本まで出されているようだが、
膨大な著書のどこまでご自分で書かれているのだろうか?という疑問は置いておく。
出版業界では、驚くほど「著者が適当にしゃべったことを編集者やライターがまとめた本」というのが、世間で思われている以上に多い。
あと、池上氏が英語を話しているところって、あんまり見たことないような。
NHKの採用試験を突破するくらいだから、読むことに関しては、そこそこのレベルと推察できるが)



さらに、分かりやすさの理由の一つとして、「子供のような素朴な疑問にも正面から取り組む」というのがあるように思う。
巷間よくいわれる、選挙特番の「池上無双」の象徴ともいわれる「創価学会の話題」についても、
タブーへの果敢な挑戦というより、素朴な疑問を追求していった結果なのかもしれない。
「どうして自民党は公明党と組んでいるんですか?」という質問は、大人はあんまりしない。
それは何となくタブーであると感じているせいでもあるが、一方で「そりゃ、理由はみんな知っている」からである。
ましてや、「政治記者歴何十年」を売りにするような政治ジャーナリスト諸氏は、
そんなことよりも、自分の掴んできた独自情報を話したくて仕方なかろう。

だが、池上氏はそういう疑問をスルーしたりしない。
「それは、公明党には創価学会という支持母体があって、固定票が見込めるからですよ」と優しく語りかけるのだ。
で、「では、公明党と創価学会の本部がある信濃町に行ってみましょう!」と、女子アナを連れてツアーを組んだりする。
実際、やってみれば、放送しちゃいけないタブーというほどのこともない。
そりゃそうだ。
ある程度、日本の政治に関心を持っている人ならば、普通に知っていることなのだから。

公明党の側だって、連立与党として大臣まで出す立場になった以上、その程度の取材を拒否するはずもなく、
ちゃんと「公式な答え」だって用意している。

だから、池上氏が
「創価学会の人たちが、選挙は功徳だなんていう仏教用語を使っていたりしますが、政教分離の観点からみて
問題があると思われませんか?」と質問しても、
「創価学会は、大切な支持団体ではありますが、創価学会と公明党は全く別個の組織です。
政教分離というのは、政府が宗教活動を行ったり、宗教活動に介入したり、宗教団体が政治に介入することを禁じておりますが
宗教団体が政党を支持することを禁じるものではなく、現在の公明党と創価学会の関係は問題と思っておりませんが云々」
といった、きちっと理論武装した答えしか返ってこない。

「そうはおっしゃいますけれども、ここに創価学会の名誉会長が、公明党に指示した文書がありましてね・・・」
などと、爆弾情報でもぶっこんで来たら、それは多少「タブーに斬り込んだ」ことになるだろうが、
そこまでのことはしない。
多分、そこまでの取材もしていないと思う。そもそもが、そういう役割の人ではなくて、そこは、
政治を専門する別のジャーナリストの役割だろう。
池上氏はただ、意味ありげに
「はい、そうですか、よくわかりました」と視線を投げかけるという、
きわめてテレビのキャスター的な技術を見せるのみだ。

で、こう考えてみると、やはり池上氏の凄さでは
「子供にも分かるように語ること」「子供の持つような素朴な疑問をゆるがせにしないこと」
を常に追求し実践してきた所にあるように思われる。
これは、なかなかに難しい。
多分、そこには、「相手(子供)が、何がわかって何がわからないのか」を推察する想像力や共感力と
「限られた言葉で複雑なことを説明する」ことを可能にする、優れた言語能力が必要なのではないかと思っている。
ただし、限られた言葉で語りえることは、やはり、ある程度、限られているわけで、
その辺が、池上氏の限界ではないかと考えている。

2016年6月24日金曜日

2016年4月11日月曜日

世界史flash

europe
http://www.mapsofwar.com/ind/imperial-history.html

america
http://www.ugoky.com/chizu/n_america2000_ugoky.swf

asia
http://www.ugoky.com/chizu/ugoky_chizu.swf

領土問題マップ
http://metrocosm.com/disputed-territories-map.html

2015年2月1日日曜日

原田橋崩落、これは大変、でも日本がダメなわけではないようです。

http://konn.seesaa.net/article/17376121.html

 31日午後5時10分ごろ、浜松市天竜区佐久間町川合で国道脇の斜面が崩れ、天竜川に架かる原田橋(長さ140メートル、幅5メートル)が土砂で流された。橋の上にいた市天竜土木事務所の男性職員2人が巻き込まれ、搬送先の病院で死亡が確認された。
 同事務所などによると、死亡したのは技監の安野彰恭さん(57)=同区谷山=と主任の茶谷富士雄さん(45)=同市浜北区西美薗=。現場では29日ごろから小規模な土砂崩れが発生し、31日午後から通行止めを実施。2人は状況を確認するため、車で現場を訪れていた。 

2014年7月30日水曜日

<中国>イチからわかるウイグル族独立問題





2013年11月1日(金)10時30分配信

 北京の天安門広場で、車が歩道に突入し5人が死亡した事件について、当局は新疆(しんきょう)ウイグル自治区の活動家によるテロと断定しているのですが、背景にはウイグルにおける中国からの独立問題があります。ウイグルとはどのような場所で、彼等はなぜ中国から独立しようとしているのでしょうか?

自治区の半数がイスラム教徒
 新疆ウイグル自治区は中国の西端に位置し、人口約2000万の半分がイスラム教徒のウイグル族で占められている特殊な地域です。中国が王朝だった時代には、中国やモンゴル遊牧民族の圧力を受けながら独立と従属を繰り返していました。この地域にある楼蘭という古都はシルクロードの舞台としても有名な場所です。しかし1949年に中国共産党が政権を握って以降は、完全に中国に併合され、1955年に新疆ウイグル自治区という名称になり今に至っています。

 中国当局は、新疆ウイグル自治区に大量の漢族を移住させ人口比を逆転させようとしており、政治や経済といった重要な分野では漢人が大きな影響力を持っています。また中国は建前上、宗教を否定する社会主義国家なので、イスラム教の活動について常に監視下に置いています。このため一部の住民は中国の統治に対して強く反発し、中国からの分離独立を主張しています。

2009年暴動では約200人死亡
 2009年には同自治区のウルムチで、漢族によるウイグル族への襲撃事件を発端とした激しい暴動が発生し、中国当局の発表によると約200人が死亡しました。当局は暴動を扇動したとしてウイグル族9人を処刑したほか数百人が拘束されたといわれています。

 今年に入っても、警官隊と活動家の衝突などが何度も起こっていますが、同自治区の内情は外国のマスコミが取材できないためあまり明らかになっていません。一部の報道によれば、日本が戦時中に導入していた隣組(住民を相互監視させ密告させる仕組み。現在の町内会や回覧板はその名残)によく似た制度を導入し、住民を監視下に置いているといわれています。

軍事的に重要な地域
 中国はチベットでも同様の問題を抱えており、10月には国連人権理事会が中国に対してチベットやウイグル自治区などにおける少数民族の権利保護を求めました。しかし、中国側は「国を分断するような行為を受け入れることはできない」と主張し、反体制活動を弾圧するのは正当な行為であるとの立場を崩していません。かつて西側諸国は、中国のこうした人権弾圧を強く批判していましたが、現在では大国となった中国との経済協力を優先し、これらの問題については黙認しています。

 中国人は歴史的に、北方と西方の備えを完璧にしないと中国本土を守ることはできないとの考えを強く持っており、新疆ウイグル自治区は軍事的に重要な地域と認識されています。また一部民族の独立を認めてしまうと、数十あるといわれる少数民族が、一斉に中国政府に反旗を翻す可能性があり、当局はこうした事態を強く危惧しています。中国はよほどのことがない限り、この地域の独立を認めることはないでしょう。


(The Capital Tribune Japan)

2014年3月17日月曜日

ウクライナ危機の原点―プーチン氏は武力でソ連崩壊の歴史書き換え

 今月12日、ロシアのプーチン大統領はクリミアのイスラム系少数民族タタールの指導者、ムスタファ・ジェミレフ氏との電話会談で恐ろしい可能性に言及した。ウクライナの報道によると、プーチン氏は1991年のウクライナのソ連離脱の合法性を疑問視したという。

 当時も世界はロシアとウクライナの戦争や対立の長期化を恐れていた。ロシアの大統領がウクライナからクリミア地方の奪取に成功すれば、ロシアはウクライナの他の地域まで手に入れようとするかもしれない。さらには、多数のロシア系住民やロシア語を話す少数派の住民を抱えるモルドバやバルト諸国の一部まで食指を伸ばす可能性がある。

 現在の危機の原点はソ連末期にある。プーチン大統領はソ連崩壊を「今世紀最大の地政学的大惨事」だと言って嘆き悲しんだ。ロシア政府は長い間、ウクライナ――今や2番目に大きいスラブ系国家で、かつてはソ連の広大な土地を占め、隣国として常にロシアを不安にさせる存在である――に物欲しそうな目を向けていた。現在のウクライナ危機とロシアのクリミア占領は旧ソ連地域を経済、政治、軍事を網羅するユーラシア連合に再統合しようとするロシア政府の計画に直結している。

 ソ連はかつて、ロシアと呼ばれることも多かったが、実際は複数の国家の集合体だった。これらの国家は不承不承、15の共和国としてひとまとめにされ、ソ連時代のほとんどの期間を通じて、モスクワの圧制の下に置かれた。ロシア人の人口は当時、約1億5000万人で、ソ連の人口の51%を占めるにすぎなかった。ウクライナ人の人口は5000万人で2番目に多く、ソ連全体の20%近くを占めていた。

 1991年12月1日、ウクライナが投票で独立を決めると、ソ連の運命が決まった。ウクライナ市民の90%以上が独立を支持した。現在と同様にロシア系住民が多数派を占めていたクリミアでも、54%が独立に賛成票を投じた。ソ連の海軍基地があったセバストポリでは57%が独立に賛成した。要するに、ウクライナのロシア人の多くがウクライナの独立に賛成したということだ。

 ソ連の最後の指導者、ミハイル・ゴルバチョフ氏は緩やかな連合体の枠組みを策定していたが、ロシア共和国のボリス・エリツィン氏とウクライナのレオニード・クラフチュク氏は参加を拒否した。1991年12月8日、ベラルーシの森の狩猟小屋でエリツィン氏とクラフチュク氏はソ連を解体し、旧ソ連共和国を結びつける独立国家共同体(CIS)を創設した。ゴルバチョフ氏もエリツィン氏もウクライナ抜きの連合体の成功は想像できなかった。ロシア指導部はCISのコストを負担することに違和感があったものの、ウクライナが参加するならと納得した。エリツィン氏がジョージ・H・W・ブッシュ大統領に繰り返し伝えたとおり、CIS内部にウクライナのスラブ系住民が参加しなければ、ロシアは中央アジアの共和国に数でも投票でも負けてしまうだろう。

 その結果起きたのは連鎖反応だった。ウクライナはゴルバチョフ氏が構想した連合体への参加は望まず、ロシアはウクライナ抜きの連合体を想像できなかった。それでもCISに参加したいと考えていた共和国はロシアのいない連合体を思い描くことはできなかった。

 エリツィン氏の補佐官たちはロシアを箱舟――ソ連が崩壊して生まれたばかりの民主主義や、1991年8月のクーデター未遂でゴルバチョフ氏を失脚させようとした不器用な策士たちに抵抗して勝ち取った権力を救うための乗り物――のように考えていた。こうした姿勢は経済的にも十分に納得がいくものだった。ロシア革命時、レーニンは新たなソビエト国家がウクライナの石炭なしでは繁栄できないと主張した。しかし、1991年になると、ソ連最大の富、特に莫大な鉱物資源は共和国にではなく、ロシアの地にあった。

 ソ連は他の帝国とは異なっていた。ソ連という帝国の中心にあり、豊かな資源を持つロシアは共和国を資源から切り離すことができた。つまり、ロシアは過去のどの帝国と比較しても、植民地の喪失によって多くを手にすることになっていた。エリツィン氏と彼の補佐官たちはそれをよくわかっていた。

 ソ連解体を遅らせたいと思っていたゴルバチョフ氏はウクライナの独立心を鈍らせようと、クリミアのロシア系住民の支持を利用したいと考えていた。エリツィン氏の名誉のために言うと、エリツィン氏はそれを拒んだ。エリツィン氏は冷酷なセルビアの指導者スロボダン・ミロシェビッチ氏のように、ロシア連邦から取り残された少数派のロシア系住民が住む飛び地を武力で併合することもなかった。

 しかし、エリツィン氏はソ連がロシアの役に立つ別の形で復活できるとの期待を捨ててはいなかった。エリツィン氏の補佐官はロシアが経済的、軍事的に回復すれば、ロシアの元に再び戻ってくると考えていた。1991年9月、エリツィン氏の腹心のゲンナジー・ブルブリス氏はゴルバチョフ氏の主要補佐官にこう言った。「われわれは自らを他と切り離してロシアを救い、独立性を強化しなければならない。その後、ロシアが立ち直ったときに、みんながロシアの元に集まるだろう。(連合の)問題は再び解決できる」。

 エリツィン氏の補佐官は旧ソ連の共和国がロシアの元に自主的に戻ってくることを期待していた。エリツィン氏は独立を主張するチェチェン共和国などロシア連邦内で戦う用意はあったが、ロシア国境を超えるつもりはなかった。エリツィン氏のおかげで旧ソ連は核を持つユーゴスラビアにならずに済んだ。

 エリツィン氏は旧ソ連地域を平和的に再統合しようとしていたが、その方針は後任のプーチン氏によって破棄された。プーチン氏は2008年にグルジアに、14年にはウクライナに侵攻した。プーチン氏のロシアはエリツィン氏のロシアとは異なり、新たに手に入れた経済力と以前からの軍事力の両方を利用してソ連崩壊の歴史を書き換えようとしている。

 西側はロシアがこれまでの外交政策からこのように大きく逸脱することに対して、つまり、プーチン氏が武力で新帝国主義的な目標を達成しようとしていることに対してどのように反応すべきだろうか。1991年当時、西側は冷戦時代のライバルの崩壊がおおむね平和的に進むように支援し、大成功を収めた。ブッシュ大統領は欧州の同盟国と合意を形成し、西側は旧ソ連の共和国に外交上の承認と経済協力を与えることができた。同時に、ソ連崩壊後の新たな国境を不可侵とすることを求めた。

 今のロシアは当時とは違う。米国や拡大した欧州連合もそうだ。だが、1991年に軍事衝突を阻止した方法がまた成功するかもしれない。武力による政治的主権の侵害に反対して米国とその西側の同盟国が共同戦線を形成することはロシアよるクリミア併合とソ連崩壊後の国境の修正を阻止する上で欠かせない。世界は今、ソ連帝国の夢への後戻りを許すことはできない。

 (プロキー博士は歴史学教授でハーバード大学ウクライナ研究所所長。新著「The Last Empire: The Final Days of the Soviet Union(最後の帝国:ソ連の最後の日々)」は5月にベーシック・ブックスから刊行される)

質問なるほドリ:クリミア、どんな所?=回答・真野森作

毎日新聞 2014年03月03日 東京朝刊


 ◇多民族が行き交う要衝 ソ連時代に入植、ロシア系6割

 なるほドリ ロシア軍が乗り込んだクリミア半島ってどんなところ?

 記者 黒海(こっかい)の北側に突き出た半島で、全域がウクライナ領です。半島の大部分はクリミア自治共和国と呼ばれる行政区域で、南西側にはセバストポリという別の特別市があります。クリミア自治共和国は独自の内閣を持つなど、特別の権限が与えられています。セバストポリにはロシアが黒海艦隊基地を構えています。ウクライナが旧ソ連から独立した後、ロシアが租借(そしゃく)契約を結んだためです。南東側の保養地ヤルタは第二次大戦末期の1945年2月に米英ソ3国首脳が戦後体制を協議した場所として知られています。

 Q 半島にはどんな歴史があるの?

 A 古代にギリシャ人が入植し、ローマ帝国、ゲルマン民族、モンゴル系やオスマン・トルコの支配を受けました。18世紀後半からロシアが統治してきましたが、54年にソ連の指導者、フルシチョフがウクライナ共和国へ帰属(きぞく)を移しました。

 Q なぜ頻繁(ひんぱん)に支配者が代わったの?

 A 欧州とアジアをつなぐ黒海に面し古くから多様な民族が行き交う要衝(ようしょう)だったからです。ロシアは冬でも凍らない港を求めて南へ領土を拡大する志向が強く、セバストポリという良港を持つクリミアで他国と勢力を争って来ました。

 Q どんな人たちが住んでいるの?

 A かつてはトルコ系のクリミア・タタール人が多数派でしたが、ソ連時代に多くのロシア人やウクライナ人が入植し、今ではロシア系が人口の6割を占めます。このため親露(しんろ)感情が根強く、今回の危機の原因の一つとなっているのです。(モスクワ支局)

2014年2月27日木曜日

ウクライナがピンチです、2014.02


ウクライナ
首都キエフは、ソ連時代、モスクワ、ペテルブルグに続く第3の都市でした。
ここからロシアの歴史が始まったとされている古都で、京都市の姉妹都市でもあります。
また、ウクライナ美術館や、キエフオペラハウスとして有名なキエフ国立歌劇場など、芸術の都としても有名です。
南部は黒海に面し、特にクリミア半島は、クレムリンの要人達に夏の行楽地として人気があったこともあって、現在でもリゾート地として知られています。
ヤルタ会談で有名なヤルタは、旧ソ連のイメージとは遠く温暖な地中海性気候であり、ワインの有名な産地でもあります。

                  べラルーシ
          ポーランド               ロシア
                    ウクライナ
         
ハンガリー    ルーマニア      黒海       ソチ

           ブルガリア    トルコ
                 

・大きく西側と東側で分離(民族/言語/文化)
・西側=農業エリア(EUへの輸出増)、東側=工業エリア(ロシアへの輸出増)
・人口推移=グラフで簡易イメージすると「y=-1/3x+10」くらいの大幅な人口減(10年間で100万人減で、人口が1/10減った・・・)
・変動相場制にした(new!)

EUへの影響
・なんたってガスパイプラインやが、現在大きく5経路ある

  ヴィボルグ(ロシア連邦レニングラード州)→北海経路
  ベラルーシ→ポーランド経路
  エレン(ロシア連邦のリペツク州)→ウクライナ経路
  黒海→ブルガリア経路
  黒海→トルコ経路

封鎖される可能性があるのは、エレン→ウクライナ経路なんで、EUはまぁ大丈夫やな

ロシアへの影響
・これはデカイ・・・エレンはガスパイプラインの重要な分岐点
・ここをウクライナの暴れん坊が攻めてくるとプーチン激オコ
・ウクライナへは工業支援のため金落としまくり

つづき
・失業率は低位推移(1%以下とは驚き・・・)
・ウクライナ国民が何に怒っているのかというと報道のとおり現政権に対するものやが・・・それだけではないような気が
・ウクライナを裏で操る輩がソチオリンピック開催中に仕掛けたかね?

ワイが一番悲しいのは、ウクライナで平穏に暮らしている市民や子供達やな
・欧州各国の変態金持ちに少女売られるとか・・・
・漫画「MONSTER」のように孤児が「511キンダーハイム(架空)」のような施設に送り込まれるとか・・・

力弱き者が不幸にならんように、短期的に収束してほしいわ。発散は困るで。
しっかし、USは本当に力失ったわ・・・オバマではダメやろな。USは

2014年1月25日土曜日

世界地図

GMT Map
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ad/Standard_time_zones_of_the_world.png


おもしろ世界地図
http://dailynewsagency.com/2012/07/22/mapping-stereotypes-2ej/


国の形を何かに例えた
http://dailynewsagency.com/2013/06/18/creative-interpretations-of-european-countries-114/


海底ケーブルマップ
http://www.submarinecablemap.com/

ヨーロッパ地図 覚え方

まず北にある島国がイギリス(United Kingdom)、これはわかりますよね?
首都は今年オリンピックが開催されたロンドン(London)です。
次に、イギリスの西隣にある島国が、アイルランド(Ireland)です。首都はダブリン(Dublin)です。
次に、ヨーロッパ大陸部です。

ヨーロッパ大陸の中央部にある国は、スイス(Switzerland/schweiz/suisse)です。ハイジのふるさとです。首都はベルン(Bern)ですが、最大都市はチューリッヒ(Zürich)です。
スイスの西にある国は、フランス(France)です。首都はパリ(Paris)です。
フランスの南西にある国は、スペイン(espana/Spain)。首都はマドリード。
さらに西、ヨーロッパの西端にあるのは、ポルトガルです。首都はリスボン。
フランスとスペインの間の山の中にある小さい国は、アンドラです。
スイスの南にある、長靴のような形をした国が、イタリア(italia/Italy)。首都は3000年の歴史を誇るローマ(Roma/Rome)です。
ローマ市内に、世界で一番小さな国があります。バチカン(Vatican)といいます。面積はたったの44haで、東京ディズニーランドより小さいです。
また、イタリアの中にはサンマリノという小さな国もあります。
あと、フランスとイタリアの間には、モナコという小さな国もあります。カジノとF-1で有名ですね。

スイスの北にある国は、ドイツ(Deutschland/Germany)です。首都はベルリン(Berlin)。世界4位の経済大国です。(1位アメリカ、2位中国、3位日本)
ドイツとフランスの間には、3つの国があります。これらは総称して「ベネルクス三国」と呼ばれます。
北から順に、オランダ(Nederland/Netherlands/Holland)(首都アムステルダム)、ベルギー(Belgium)(首都ブリュッセル)、ルクセンブルク(Luxembourg)です。
ドイツの北は、デンマーク(首都コペンハーゲン)。ドイツの東は、ポーランド(首都ワルシャワ)。さらに東は、ベラルーシ(首都ミンスク)。もっと東に行くと、世界一広い国、ロシア(首都モスクワ)です。ベラルーシの南、ロシアの南西にある比較的広い国は、ウクライナ(首都キエフ)。チェルノヴイリ原発事故のあった国ですね。
ドイツの南東は、チェコ(首都プラハ)とオーストリア(Österreich/Austia)(首都ウィーン)。オーストラリアと紛らわしいですね。ウィーンはクラシック音楽で有名ですね。
スイスとオーストリアの間には、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)(首都ファドゥーツ)という小さな国があります。

チェコの東は、スロバキア(首都ブラチスラバ)。かつてはチェコスロバキアとして一つの国でした。
スロバキアの南は、ハンガリー(首都ブダペスト)。
それより南は、スロベニア(首都リュブリャナ)、クロアチア(首都ザグレブ)、セルビア(首都ベオグラード)、ルーマニア(首都ブカレスト)、モルドバ(首都キシニョフ)、ボスニアヘルツェゴビナ(首都サラエボ)、モンテネグロ(首都ポドゴリツァ)、アルバニア(首都ティラナ)、マケドニア(首都スコピエ)、ブルガリア(首都ソフィア)(ヨーグルトと琴欧洲)、コソボ(最近独立した国です)があります。そして一番南には、財政破綻(笑)したギリシャ(首都アテネ)があります。4000年の歴史を誇る国でオリンピックの発祥です。

地中海には、マルタ(首都バレッタ)とキプロス(首都ニコシア)という島国があります。
ポーランドの北東に、3つの国があり、「バルト3国」と総称されます。北から順にエストニア(首都タリン)、ラトビア(首都リガ)、リトアニア(首都ビリニュス)です。
ヨーロッパの一番北、いわゆる北欧は、東から順にフィンランド(首都ヘルシンキ)(サンタクロースとムーミンの国)、スウェーデン(首都ストックホルム)(ノーベル賞の授賞式が行われる国です)、ノルウェー(首都オスロ)です。
一番北の絶海の孤島にある島国は、アイスランドです。名前からして寒そうですね。軍隊を持たない平和な国です。

EU加盟国、加盟順、覚え方

「おらが忘れたベルトをポチに持ってくるように頼み、ポチがそろそろフェラーリで持って来るよ!」


「私(おら)は、古いベルトを忘れたけれど、会社への愛があるからギリギリの思いでスポーツカーでオフィスまでちゃんと行きます。」

原加盟国
1958年
  • オランダ王国 (アムステルダム) … オラ
  • フランス共和国 (パリ) … フ
  • ルクセンブルク大公国 (ルクセンブルク) … ル
  • イタリア共和国 (ローマ) … イ
  • ベルギー王国 (ブリュッセル) … ベル
  • ドイツ連邦共和国 (ベルリン) … ド


おら、古いベルト
1973年
  • アイルランド (ダブリン) … ア
  • グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国 (ロンドン) … イ
  • デンマーク王国 (コペンハーゲン) … デ


愛で
1981年

  • ギリシア共和国 (アテネ) … ギリ


ギリギリ
1986年

  • スペイン王国 (マドリード) … ス
  • ポルトガル共和国 (リスボン) … ポ


スポーツカーで
1995年

  • オーストリア共和国 (ウィーン) … オ
  • フィンランド共和国 (ヘルシンキ) … フィ
  • スウェーデン王国 (ストックホルム) … ス


オフィスへ行きます。



ポチはスロスロ(そろそろ)、フェラーリで来ます。
2004年

  • ポーランド共和国 (ワルシャワ) … ポ
  • チェコ共和国 (プラハ) … チ
  • ハンガリー共和国 (ブダペスト) … ハ
  • スロベニア共和国 (リュブリャナ) … スロ
  • スロバキア共和国 (ブラチスラバ) … スロ
  • エストニア共和国 (タリン) … エ
  • ラトビア共和国 (リガ) … ラ
  • リトアニア共和国 (ヴィリニュス) … リ
  • キプロス共和国 (ニコシア) … キ
  • マルタ共和国 (バレッタ) … マ

2007年

  • ブルガリア共和国 (ソフィア)
  • ルーマニア (ブカレスト)


2013年

  • クロアチア共和国 (ザグレブ)