2013年8月7日水曜日
ジブラルタル帰属問題
1713年のユトレヒト条約以降イギリスが統治を続けているジブラルタルだが、スペインは今も返還を求めている。ジブラルタルはヨーロッパに残る最後の「植民地」であり[6]、また係争当事国がいずれもEU加盟国である点、係争が300年もの長きにわたっている点で、世界の領土問題のなかでも異色の存在と言える[6]。
スペインの基本的見解は、ユトレヒト条約第10条はジブラルタルの町、城、それに付随する港、要塞の所有と軍事利用をイギリスに認めたに過ぎず、主権はスペインに残っているというものである[1]。スペインにとってジブラルタルは長らく「スペインの靴の中に入ったペニョン(岩山)」となっている[6]。しかし返還を求めるスペインの主張は、モロッコのセウタなど自らの植民地所有と矛盾するものでもある[9]。一方、現在のイギリス統治が住民から圧倒的支持を受けていることは1967年9月の住民投票から明らかであるが[2][5]、同年12月に国連の非植民地化委員会(英語版)はイギリスのジブラルタル領有を植民地主義的だとして返還を促す決議を採択している[2][9]。
1704年のイギリスによるジブラルタル占領以降、スペインはジブラルタルを武力で奪回すべく1705年、1727年、1783年に包囲戦をしかけたが、いずれも失敗した[1]。またその後の外交による交渉も全て不首尾に終わった[1]。19世紀後半以降、スペインの国力が衰えている時期にイギリスは国境を北へ押し上げる行動に出た[6]。最終的にこれはスペイン本土との間に非武装中立地帯を設けることで落ち着いたが、ここの境界線の画定は今も棚上げされた状態である[6]。
2013年7月16日火曜日
職業について、国語作文、下書き
私たちは日本に住んでいるため、義務教育がちゃんと守られていて当たり前のように学校に行けます。
私の義務教育もあと1年です。もうすぐ終わってしまいます。
この1段落を書いているときに頭の中を廻っていたものは、
「そういえば義務教育が終わった後ってどうすればいいんだ? やりたい職業など考えていないから、
どうしたらいいのか分らない・・・」という懸念でした。
実はこの一節にかいたとおり、私は、自分の職業について、あまり考えたことはありません。
考えたことがないのです。社会に出るということは、自分の仕事を決めるということです。私は今まで
に自分の未来を真剣に考えたことがありません。
しかし、義務教育で社会に出るための土台を築いたのですからあとは自分の希望に沿って自由に進路を
選べばよいのです。そこで今回はある3つの職業について、どういう進路をたどっていけばいい
のか、調べてみることにしました。勉強することがこんなふうに将来とつながっていくだなんて、
思ってもみませんでした。私の未来の職業にはまだまだいろいろな可能性があります。
職業は、
「自分はこれが得意だからこれに関係した職業はないかな。」
というふうに探すのではなく、自分の未来は限りない可能性を秘めているのだからと思って興味の
ある仕事に向かって、それに必要なものを勉強していくことが大切ではないかと思います。
「進路図」おもしろデータファイルより
2013年5月9日木曜日
Thank You for Not Sharing 「話さないでくれて、ありがとう」
After arguing with her husband one Sunday, Vasavi Kumar was so upset that she called up her mom, her dad, her sister and three of her closest friends. "This is it," she told each one. "He is never going to understand me. I am getting a divorce."
バサービ・クマールさん(30)はある日曜日、夫と口論した後、あまりにも腹が立っていたので、両親と姉妹の1人、3人の親友に電話をかけた。その1人1人に、「もうおしまい」と話し、「決して私のことを理解してくれることはない。離婚する」と伝えた。
その翌日、何が起きたか想像してほしい。クマールさんは夫と仲直りした。お互いにすまないと思っていると語り、抱擁し、口論については忘れるということで折り合いがついた。しかし、米カンザス州在住のライフ・コーチでソーシャルワーカーのクマールさんの謝罪はそれで終わりではなかった。他の6人にも謝る必要があった。「みんなに爆弾発言をしたが、今はもう大丈夫。気分は上々だった」とクマールさん。「後片付けをしなければならなかった」と。
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Ben Sanders
We tend to overshare when we try to overcome our own anxiety about what the other person is thinking.
他人が自分についてどう考えるかに関する不安を克服しようとする時に人はしゃべり過ぎる傾向がある
Too Much Information: Avoid It, Recover From It
1. Recognize situations where you might overshare. You might be eager to make a good impression or nervous about what others think of you.
2. Before revealing information, ask yourself, "Does the listener have time to listen? Is he or she emotionally available at this time?"
3. Will sharing, rather than relieve anxiety, make you feel more anxious? Then don't.
4. Imagine the negative effects of oversharing and the regret you might feel afterward.
If you have overshared...
1. Think twice about revisiting the topic with the listener. He or she will probably forget about it if you don't drag out the awkwardness.
2. If you must return to the subject, keep it brief.
3. Your message is an apology. Don't seek approval. State your apology in as few words as possible and move on.
Sources: Sharon Gilchrest O'Neill, Hal Shorey
Ever share too much information—and you weren't even tipsy? I call it BYB—Blabbing Your Business. It's happening a lot these days thanks to reality TV and social media sites, where it's perfectly normal for people to share every single detail of their lives, no matter how mundane or personal. In the culture we live in, it's hard to remember that some things should be private.
情報を共有しすぎることはないだろうか。しかも、酔ってさえいないのに。私はこれをBYB(Blabbing Your Business=自分の問題についてベラベラしゃべる)と呼んでいる。テレビのリアリティ番組やソーシャル・ネットワーク・サイト(SNS)のおかげで最近はこうしたことが多く起こっている。リアリティ番組やSNSでは、どれほど平凡で個人的なことであっても人生の全詳細を他人と共有することが全く日常となっている。米国の文化では、一部の事柄は人に伝えずにおくべきだということを忘れがちだ。
It isn't all Facebook's FB +0.86% fault. Experts say oversharing often happens when we are trying subconsciously to control our own anxiety. This effort is known as "self regulation" and here is how it works: When having a conversation, we can use up a lot of mental energy trying to manage the other person's impression of us. We try to look smart, witty and interesting, but the effort required to do this leaves less brain power to filter what we say and to whom.
すべてがフェイスブックのせいではない。無意識のうちに不安をコントロールしようとしているときにしばしば情報の共有のし過ぎが起こると専門家らは説明する。こうした努力は「自己規制」として知られており、どういう仕組みになっているかは以下の通りだ。会話をしている時、われわれは相手の自分に対する印象を管理しようと多くの精神的なエネルギーを使い果たす場合がある。賢くてユーモアがあり、面白いと見せようとするが、これに必要な努力のために、何を誰に話すかを選別する脳の力が弱まることになる。
Consider this scenario: Your boss walks by and doesn't make eye contact. You feel uneasy and think of something you need to discuss with him or her. "If you are psychologically aware, you will realize you are feeling anxious and picking up rejection cues," says Hal Shorey, a psychologist and assistant professor for the Institute for Graduate Clinical Psychology at Widener University in Chester, Pa. "You're trying to reestablish connection."
上司や初デートの相手、将来の義理の親戚など、まさに最も良い印象を与えたいと思う人々に、なぜ恥ずかしいことを話してしまうことが多々あるのかはこれで説明が付くだろう。例えばこのシナリオを考えてみてほしい。上司が通りかかって目線を合わせない。あなたは不安になり、上司と話し合う必要のあることを考える。心理学者で、ペンシルベニア州のウィディーンアー大学インスティテュート・フォー・グラジュエート・クリニカル・サイコロジーの准教授であるハル・ショーリー氏は、「あなたは不安を感じ、拒絶の合図を感じていることを認識する。そこで関係の再構築を試みる」と話す。
Does this work? Of course not. We often regret our disclosures, feel like an idiot—and then worry even more about what the listener is thinking. We may feel compelled to "fix" the situation, leading to—you guessed it—even more blabbing. It's a cruel downward spiral.
これはもちろん、うまくいかない。われわれは情報共有をしばしば後悔し、間抜けに感じ、その上、聞いた人がどう感じるかについてさらに懸念することになる。状況を修復しなければいけないかのように感じるかもしれず、さらなるしゃべり過ぎにつながる。これは悪循環だ。
余計なことまで共有し過ぎるのは私だけでないことは分かっている。1週間に3人が「配偶者にもセラピストにも親友にも、誰にも言ったことがないことをお話したい」という恐るべき言葉を発したのを聞いて、このコラムのアイデアを思い付いた。
しかし、一部の人々は他の人と比べて生まれつきもっとおしゃべりだ。心理学者が1900年代半ばごろ開発した愛着理論によると、こうした人々は「没頭した」愛着スタイルを持っている傾向がある。ショーリー博士によると、われわれの愛着システムは人間が生き残るために発達させたプロセスの進化の副産物だ。愛着スタイルは一部には遺伝子に関するものだが、また、部分的にはわれわれが幼い子供の頃の両親による関わり方によっても決まってくる。
There are three basic attachment types: Secure, anxious and avoidant. Secure people, roughly 55% of the population, had parents who were consistently caring and responsive; these people are typically loving and comfortable with intimacy. The other 45% have an attachment style that is more problematic—either anxious, avoidant or some combination.
基本的には3つの愛着タイプが存在する。安心したタイプと不安なタイプ、そして回避的なタイプだ。安心したタイプ(人口の約55%)は、常に面倒見がよく、敏感に反応する両親に育てられた。こうした人々はたいてい愛情深く、親密さを心地よく感じている。他の45%はこれよりも問題をはらんだ愛着スタイルを有している。つまり、不安や回避的、あるいはその組み合わせだ。
Avoidant people, about 15% of the population, try to minimize closeness. Their parents typically were withholding or unresponsive. These folks aren't your blabbers. In fact, in interviews to determine personality type, therapists consider short, concise answers to be a marker of an avoidant attachment style.
人口の約15%に相当する回避的タイプは親密さを極力避けようとする。こうした人々の両親は通常、控え気味だったり無反応だったはずだ。こうした人々はベラベラしゃべるタイプではない。実際、個性のタイプを判断するためのインタビューでは、セラピストは短く簡潔な回答を回避的な愛着スタイルのしるしだとみなす。
Long, drawn-out answers typically indicate an anxious type. Anxious people, who make up roughly 15% of the population, typically had parents who were inconsistently nurturing. They are overly sensitive to social cues and prone to overmanaging their personal connections. (The other 15% are a combination.)
長くて退屈なほどの回答は通常、不安なタイプを示唆している。不安なタイプ(人口の約15%)の両親は通常、子育てが一貫していなかったことが多い。こうした人々は社会的な合図に過剰に敏感で、人とのつながりを過剰に管理する傾向がある。(他の15%は混合タイプになる)
Of course, we all have our own bursting point, when under emotional stress we can no longer contain ourselves, says Sharon Gilchrest O'Neill, a Mount Kisco, N.Y., marriage and family therapist. "They think, 'Oh God, does that feel good to talk,' " she says. "But they're definitely not thinking of the other person and this may hurt their relationship."
ニューヨーク州の夫婦・家族向けセラピスト、シャロン・ギルチレスト・オニール氏によると、もちろん、われわれは誰にも、抑えきれなくなる時がある。感情的なストレスのために自分を抑制できなくなる時だという。同氏は「こうした時、人々は『しゃべるのは気持ちがいい』と考える」と話す。その上で、「しかし、こういう時、人々は明らかに相手のことは考えておらず、このために関係が損なわれかねない」と続ける。
The real trouble starts when you share information that isn't really yours to share. In her therapy practice, Ms. O'Neill says she regularly sees people who tell someone about their own marital problems, or a divorce or separation before it actually happens. Another common scenario involves mothers sharing information about their daughters. In all these cases, she says, "it usually comes back to haunt them."
実際、自分が共有すべきではない情報を共有する時に、まさに問題が生じる。オニール氏は自身のセラピーでは、実際に起こる前に、自分の夫婦間の問題や離婚や別居について誰かに話す人々がよくいると語る。またもう1つのよくあるシナリオは、娘について母親が情報を共有するというものだ。オニール氏は、こうした場合、「通常、後で問題になる」と語る。
So how do you stop yourself from blabbing too much? Do what your mother said: Stop and think before you open your mouth. "Go through the process in your mind where you walk through the ultimate effects of sharing," Ms. O'Neill says.
では、どうすれば、しゃべり過ぎを抑えることができるのか。母親に教わったことをやりなさい。つまり、口を開く前に立ち止まって考えるのだ。
These are specific questions you should ask yourself, Dr. Shorey says. "Does my listener have time right now—and is he or she emotionally available to listen?" "Will your blabbing relieve your anxiety—or make it worse?" "In other words," Dr. Shorey says, "you can probably anticipate worrying that your boss will think you're an idiot for oversharing if you just take the time to think about it."
また、ショーリー博士は、以下のような特定の質問を自問すべきだと述べる。「私の話の聞き手は今、時間があるか。また、聞き手は話を聞く感情的な余裕があるのか」、「ベラベラしゃべることで不安は軽減されるのか。それとも悪化するか」、「言い換えれば、ちょっと考えてみれば、あなたの上司はあなたが話し過ぎるのは馬鹿げていると考えるのではないかと心配することがおそらく予想できるだろう」
話し過ぎたと感じる場合には、どうすればいいか。大半の人々は戻って謝るのがいいと考える。しかし、多くの場合、そうではない。オニール氏は「自分のオフィスでは結果がどうなるかを考え抜くよう手助けすることに努める」と話す。
聞き手があなたに対する見方を基本的に変えたと考える場合には謝ったほうがいい。短く控えめに。オニール氏は、「『大ごとにはしたくないが、恥ずかしいと思っていて、いつもはこうじゃない』と言うべきだ」と助言する。さらに、「それだけにすべきだ」と。
クマールさんは、自分は常にしゃべり過ぎるほうだったと思いだす。彼女の子供のころのニックネームは「おしゃべり」だった。彼女は「主に、人々とつながりを持ち、好かれるための方法としてしゃべっていた」と語る。
父親に電話して、離婚すると話したのは早まり過ぎたと謝罪すると、父親は泣き出した。「父親には『もうこんな思いはしたくない。あまりにも年をとり過ぎている。血圧の薬を飲んでいる。電話にお前の名前が表示されるたびに、神経が参る』と言われた」とクマールさん。
クマールさんは最近、しゃべる前に自問するようにしている。「なぜこのことについてこの人に伝えようとしているのか。何が目的か」
"Otherwise, it's almost like you've spilled this debris over people's lives, telling them your stuff," she says. "And then you have to go back and clean up the mess you created."
「そうでもしなければ、自分のことを話して、この瓦礫を人々の人生にまき散らすようなものだ。そして今度は自分が作り出したゴミを掃除しなければならない」
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Ever shared too much information—and you weren’t even tipsy? Bonds columnist Elizabeth Bernstein joins Lunch Break with a look at why we over-share, and how to control the impulse. Photo: Getty Images.
2013年5月8日水曜日
文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい
『まおゆう』を読めば、著者・橙乃ままれさんの広範な知識に驚かされる。中世~近代のヨーロッパ経済史、技術史、文化史、思想史、軍略……これらすべてに精通していなければ、この作品は書けなかった。一朝一夕で身につくものではない。知識は、息するように吸収し、血液のように絶えず自分の中を循環させておかなければいけない。
いわゆる「ビジネスパーソン」と呼ばれる人々は、知識を軽視しがちだ。問題を効率的に解決する方法や、アイディアの出し方……マニュアル化された「頭の使い方」をマスターすることに夢中で、知識の蓄積を後回しにしがちなようである。頭の使い方さえ身につけていれば、知識は必要になったときにキャッチアップすればいい、キャッチアップできると信じて疑わない。ビジネスの世界で求められる知識とは、つまり、その程度の浅いもので充分なのかもしれない。
ところが、文章を書くとなれば話は別だ。
人は頭で理解しただけでは行動を変えない。人が行動を変えるのは、心が動いたときだけだ。読んだ人を行動させることができなくて、なにが文章屋だ。誰かの人生を変えることができない文章に価値はない。
人を引きつける文章、誰かの心に響く文章。そういう文章を書くためには、たくさんのひきだしから多彩な知識を取り出さなければいけない。そして、そういう知識は短期間では身につかないのだ。
すぐには役立たない知識を、毎日1ページずつ蓄積していったとする。1年で単行本一冊分になり、10年で辞書一冊分になる。三島由紀夫の愛読書は国語辞典だったというが、彼は非凡な天才だ。さて、凡人たる私たちは辞書を頭から読んでいって、内容を丸暗記できるだろうか?
知識を身につけるとは、本来、そういうことだ。数十年後に百科事典一式に匹敵する情報を身につけるために、毎日少しずつ知識を蓄積していかなければいけないのだ。そうやって体に刻み込んだ知識は、一週間やそこらでキャッチアップできるような種類のものではなくなる。
自分のなかにある情報だけで文章を書こうとすれば、経験に基づいた私小説的なものしか書けない。そして、経験はすぐに枯渇する。インプットがない状態では、恒常的に文章を書き続けるのは不可能だ。ゼロを1にするスタイルでは、すぐに終わりがくる。本当に必要なのは、100を1にまとめる能力だ。
たとえば藤子・F・不二雄は、次のような言葉を残しているという:
よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、私の持っている漫画観は全く逆です。
人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。
それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか? 近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・どの家の冷蔵庫も然して変わりません。
多くの『人並に人生を送った漫画家達』は「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。
しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。
人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。全てはそこから始まる。
その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。ここから可能性は無限に広がるのです。
私はそういう人が描いた漫画を支持したい。卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい。
(※ソース不明)
人の感情に触れることができなくて、なんのための文章だろう。すべての単語、すべての文に論理性と情緒性の二面がある。論理面だけで文章を評価するのは、燃費だけで自動車を評価するようなもの。ドライブの楽しさをわかってない無粋な評価法だ。
言葉の持つ情緒面に注目し、細心の注意を払って配列を決めていく。この言葉を、この順番で読めば、読者はきっとこんな感情を抱くはずだ……と、予想しながらキーボードを叩く。文章を書くのは、読者の脳をプログラミングする作業だ。他人の書いたコードを研究しないプログラマはいない。他人の書いた文章を学ばずして、文章を書くのは不可能だ。
文章屋が仕事をしてるのは、キーボードを叩いてる時だけではない。
まず情報を集める段階がある。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり……知識と格闘する段階がある。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まである程度固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。文章屋がペンを握ったときには、もう作業の8割がたは終わっている。実際にキーボードを叩くのは、「文章を書く」という工程全体の5%ほどだ。
では、残りの15%は?:推敲と校正だ。
文章屋の仕事は、たぶん、そうでない人からすれば魔法のように見えるのだろう。キーボードをよどみなく叩いて、真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく。「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」なのだ。
◆
だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違うような気がする。寿司屋は寿司を握ってる瞬間しか仕事してないように見えるけど、「仕入れや鮮度管理もがんばってるの!」とは訴えない。
寿司屋は、寿司の味でしか評価されない。
文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。
そういうもんだよ。
2013年3月26日火曜日
Cyprus shock
日本のマスコミは何故キプロスの預金封鎖をちゃんと報道しなかったか
2013年03月19日00:55
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Market Hackの読者の方から「金融市場がこんなに荒れているのに、何故日本のマスコミはキプロスの預金封鎖をちゃんと報道しなかったのでしょうか?」というご質問を受けました。
日本のマスコミが(軽率な報道は、しないほうがいいかも…)と暗黙の自粛モードに入ったのには、それなりの理由があります。
なぜなら日本は第二次世界大戦後、世界で預金封鎖を実行し、成功した、唯一の国だからです。
預金封鎖の実体験がある唯一の国民である日本人は、その忌まわしい思い出を封印し、呼び起こさないようにしているのです。
預金を封鎖し、預金に対して税金をかけることを経済学ではcapital levy(預金税)と言います。なお銀行取引が一般的でなかった昔については、不動産や家畜などの資産への課税を指します。その場合の訳語は資産税の方がしっくりくるでしょうが、仕組み上は同じことを指しています。預金税は、実際には、自分の銀行預金残高の一部が、ある日、こつ然と消滅することを指します。
今回のキプロスの例では10万ユーロを超える部分については9.9%、それ以下の小口預金については6.75%が消えるというわけです。(この比率については、現在、変更が討議されています)
UCバークレーのバリー・アイケングリーン(*)によると、預金税(ないしは資産税)の最も古い例は古代ギリシャです。
古代ギリシャではときどき1%から4%程度の預金税が徴収されました。古代ギリシャ人は自分の資産を実際より多く見せようという見栄から預金税を喜んで払ったため、預金税の成果は大きかったと言われます。
それ以降は、或る国家が軍事支出の負担に苦しんだ場合、預金税という最後の手段に訴えるケースが多かったそうです。
1714年には英国でアーチボルト・ハッチソン議員が全ての私有財産に対して10%の財産税を課すことを提案しました。
ナポレオン戦争の時はリカルドが財産税を提唱しました。
1870年の普仏戦争のときはフランスの公債の償還時に1%のディスカウントを実施することが検討されました。
また1890年代にドイツは英国との建艦競争に際して預金税が検討されています。
しかし実際にはこれらの預金税は実現しませんでした。第一次大戦後になって、初めて預金税が実際に実行されはじめるのです。
1920年にイタリアが実施した預金税がその例です。イタリアは第一次世界大戦で疲弊しますが、戦後登場した社会主義政権はばらまき政策で国家財政を不健全にしました。食料品などに対する補助金を維持するために「私有財産に対する一回限りの課税」の検討に入ります。
そこでは裕福層に金利1%の60年債(!)を財産に応じて強制的に買わせることが計画されました。割り当て額は私有財産の大きさに応じて累進し、小金持ちは財産の3.33%、大富豪は財産の53.33%に相当する国債を、強制的に買わされたのです。
この預金税が発表されると「国債を買うために土地や家を手放さねばならず、不動産価格が暴落する」という声が上がりました。また銀行では取り付け騒ぎが懸念されました。このため「スキームが複雑すぎる」という反省から、シンプルな「財産に対する一回限りの税」に変更されたのです。課税額は財産に応じて4.5%から50%でしたが、支払いは20年の繰り延べ払いで良いということになり、実際の課税率は年率0.225~2.5%になりました。ただ、実際には何年にも渡って徴税されたため、「一回限り」という表現は正しくありません。
一方、第一次世界大戦後のチェコスロバキアでも預金税が実施されました。私有財産に対して3から30%が課せられ、企業の資産に対しても3から20%の課税がされました。チェコスロバキア政府はこれらの課税に概ね成功しましたが、その理由は同国内に住むドイツ人は人種的マイノリティー・グループとなっており、課税に抵抗する政治力に欠けていたからだとアイケングリーンは解説します。また第一次世界大戦後はチェコスロバキアは他国の金融市場と隔絶されており、おカネを国外に持ち出すことが出来ませんでした。これもがっちり課税できたもう一つの理由だとされています。
これとは対照的にオーストリアでは預金税は成功しませんでした。1919年に当時財務大臣だったジョセフ・シュンペーターは預金税を提案しますが、誰に最も負担を強いるか?という議論が紛糾し、実現しませんでした。また課税を予期した裕福層の資本が、国外へ資本逃避を起こした事も、預金税を困難にしただけでなく、ハイパー・インフレを誘発する結果となりました。
ハンガリー、ドイツ、フランス、英国でも第一次大戦後、預金税の議論がありましたが、いずれも頓挫しています。
そのような数多い失敗例の中で、第二次世界大戦後に日本が行った預金封鎖は唯一、大きな成果を挙げました。
預金封鎖と実質的な預金税の徴収の第一の目的は太平洋戦争の遂行のために積み上がった日本政府の負債を帳消しにすることでした。
アイケングリーンによると日本政府の負債は1941年3月の310億円から1946年3月には2,020億円にも膨張しました。
預金封鎖による預金税の第二の目的は戦後の復興計画を遂行するための予算の捻出でした。戦後の経済の疲弊で税収が通常の半分以下に落ち込んでいたため、どうしても財産を没収する必要があったのです。
三番目の理由は所得格差の是正です。具体的には戦争の遂行の過程で富を蓄積した財閥に対して、「戦争は商売のネタではない」ということを思い知らせるため(=連合国総司令部メモより)預金税を課したわけです。
アイケングリーンは上記の三つの理由のうち、最後の理由が最も重要だとしています。
預金封鎖の段取りですが、1946年3月3日の時点で、10万円以上の資産を持っている世帯に10%、そこから累進的に最高で1,500万円以上の資産を持つ世帯には90%の税金が課せられました。
当時の日本の私有財産の約9%を没収するというこの預金封鎖の試みは、当初の概算額とほぼ同等の成果を挙げ、世界でも稀に見る成功例となりました。
アイケングリーンは日本の預金封鎖が成功した理由として:
1.戦後の特殊な時期に敢行されたこと
2.上位2~3%の裕福層が、実際にはターゲットにされたこと
3.大部分の庶民には、関係ない出来事だったこと
4.連合軍総司令部の指揮下にあったこと
などを挙げています。
このうち最後の点はとりわけ重要であり、アイケングリーンは「ノーマルな民主主義の状況下では裕福層が影響力を行使することで実現しなかっただろう」としています。
実際、預金封鎖の指示はエスキャップ(SCAP=Supreme Commander for the Allied Powers→つまりマッカーサー元帥のこと)から日本の内閣に発せられており、日本政府がかりにそれを拒否した場合でも、SCAPはどんなことがあっても富の偏在を粉砕する決意をもっていたとしています。
【参考にした文献】(*)The Capital Levy in Theory and Practice, Barry Eichengreen, University of California, Berkeley – Department of Economics; National Bureau of Economic Research(NBER); Center for Economic Policy Research (CEPR)
2013年3月7日木曜日
中学2年生勉強
英語
http://egao21.com/print/english/
http://www11.plala.or.jp/kaisyu/nekoeigo/junior2/index.html
http://english.005net.com/mondai.htm
http://www.geocities.jp/gyouseikowa/eigo/
http://choidebu.com/
http://www.e-juku1st.com/jituryokueigoindex.htm
竹岡広信の 英作文が面白いほど書ける本
英語Web学習サイト
http://www.nhk.or.jp/gogaku/ NHK
http://gogakuru.com/ ゴガクル
http://stepup.yahoo.co.jp/english/ Yahoo
http://www.japantimes.co.jp/shukan-st/ 英字新聞
http://english.chakin.com/ 海外英語学習サイト
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